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二十四、痛みとぬくもり

 光政は重い足取りで、広間の隣にある小部屋を覗く。そこに千珠は寝かされていた。  廃城はあちこち朽ちて隙間風も冷たい。羽織りを上に掛けただけで寝かされている千珠は、とても寒そうに見えた。  千珠の顔を見ながら枕元に座り込むと、何だか無性にほっとして溜息が漏れる。 「お前でも、あんなふうに怒ったりするんだな」  目を閉じたまま、千珠がそう言うものだから、光政は驚いて肩を揺らす。 「起きてたのか」   千珠は目をぱっちり開くと、光政を見上げる。琥珀色の瞳が、暗闇でもきらめいている。 「でも、唯輝の言うとおり、俺は敵を殺さねば存在する意味がない」 「そんなこと……」  光政は言葉に詰まった。  実際、千珠に契約を迫ったのはそういう理由なのだから。  千珠は起き上がると、光政の顔を覗き込む。 「当たり前のことだ。お前が俺に遠慮することはないのに」 「まぁ……な。でもお前は素晴らしい働きをした。それをあいつが、あんなふうに言うことが許せなかった」 「放っておけよ。俺なんかのことで、あんなくだらん男とつまらん喧嘩をするな」 「……しかし」 「でも俺は少し、嬉しかった。この戦において、お前が人も妖も関係ないと言ってくれたこと」 「それも聞いてたのか」 「うん。……そう言ってくれるお前に拾われて良かったような気が……した」 「千珠……」  光政は、思わず千珠を抱きしめていた。驚いた千珠は身を固くする。  しかし光政は、千珠を抱く腕に力を込めた。 「……ありがとう」  光政は呟く。 「お前がいて、俺は心強い」 「……そりゃ、そうだろ」  千珠の返事に、光政は少し笑った。千珠の身体は少し冷えており、気が立って熱い光政の身体には、それがとても心地良く感じられた。  光政は身を離すと、暗がりの中で千珠を見つめた。白い肌は、そんな闇の中でもぼんやりと光を湛えるように美しい。吸い寄せられるように、光政の身体が動く。 「……んっ……おい!」  光政の唇が、ふわりと千珠のそれに重なる。逃れようとしても、光政の大きな身体に抱きすくめられてしまう。  光政の動きは巧みだった。  優しく頭を撫でられ、身体を優しく包みこむ光政の体温に、千珠は徐々に抵抗する意思を失っていった。  大人しくなった千珠に、光政はまた口づける。  何度も何度も、ゆっくりとした優しい動きでそれを繰り返され、身体から力が抜けてゆく。荒れた畳の上にそっと押し倒されると、扇のように広がった長い銀髪がきらきらと光った。  お互いの唾液で濡れた唇から淫靡な音が響く。それが、光政の行動を加速させた。 「ん……何して……」 「嫌なら、もっと抵抗しろ。俺を殴っても構わん」 「っ……そんな……こと……」 「お前ならできるだろう? 俺がいいと言っているんだ」  まだまだ華奢な千珠の身体を組み敷いて、光政は愛撫を続けた。着流しの帯を解き、脇腹から腰を撫で、首筋を吸う。なめらかな肌はどこに触れても心地よく、光政の手指に吸い付くように感じられた。  久方ぶりの人肌に、光政もひどく昂ぶっていた。慄くほどの力を持つ鬼の子が、自分にだけ見せる艶めいた姿に征服感を揺さぶられ、脳天が痺れるほどに興奮している。  はだけた衣から覗く薄桃色の尖に、光政は舌を這わせた。とろりと濡れた舌でそれを舐め、指先で押し転がす。すぐにつんと硬さをもつ千珠の腰が、びくんと震える。 「あっ……! あぁ……」 「好いか、ここが」 「んっ……ぁあ、っ……わからな……ん、っ……んぅ」  拳で口を押さえて声を殺しつつも、堪えきれないといった具合に溢れ出る甘い声。光政はさらに激しく千珠をいじめ、そそり勃つ己の剛直を千珠の股座にすり寄せた。そして、千珠のそれも、下履きの下で硬さを持ちはじめていることに気づくや、光政は悦びのあまり薄く笑った。 「お前は……なんと美しい」  千珠の上に四つ這いになり、隅々までその身体を見下ろす。千珠はぼんやりとした表情で、光政を見上げていた。 「なぜ、抵抗しないんだ?」 「……わ……からない」 「どうしてだ、千珠」 「あ……んっ……」  光政は身体の中心を愛撫しながら、唇では耳たぶを吸い、熱い吐息とともに舌を這わせる。手甲から腕を覆う籠手のひやりとした感覚に、感じやすくなった千珠の肌がびくんと震える。  光政はわざとのように音を立てながら千珠を味わい続けた。千珠の口からも、堪らず喘ぎが漏れてしまう。 「ん……んっ……!」 「気持ちがいいのか?」  千珠の耳元で、光政は低く囁く。  無言で小さく頷いた千珠がひどく可愛らしく思われて、たまらない気持ちになってくる。  ――……欲しい。    光政は千珠に何度も口付け、白くしなやかな太腿に掌を滑らせる。やや急いた手つきで下履きを剥ぎ取られ、しなやかな肢体が暗がりの中に露わになった。  いつの間にやら達してしまっていたらしい。千珠の下履きはとろりとした体液で濡れていた。指を伝う白濁の感触を肌で味わうように、光政は艶めかしく指を動かす。 「っ……待て、よ、これ以上は……」  千珠は身体をよじってその手から逃れようとするが、光政の手は緩められる気配がない。光政の欲は、もう収まらないところまで昂ってしまっている。  ――抱きたい……。  この美しい鬼の子を、完全に自分のものにしてしまいたい。 「あっ! だめだ、そんな……」 「力を抜け、千珠」 「光政っ、俺……」  自分を押し返す千珠の手を床に押し付け、千珠の放ったものでとろみを帯びた指を蠢かせる。そして、千珠の耳元で囁いた。 「……俺のものになれ、千珠」 「あっ……ああ……っ」  そのまま鎖骨や胸に舌を滑らせると、千珠はまた大きく身体を震わせた。千珠の身体は熱く、汗でしっとりと濡れている。その手触りすら、淫らに思えて仕方がない。  ――もう堪えられない……。  光政はもどかしげに鎧直垂の袴を引き下げると、千珠の膝を肩に抱え上げ、ついに身体を重ねようと身を寄せる。  それを見た千珠の顔が強張った。 「光政、何を……」 「もっと脚を開け、千珠」  身体を捻って逃れようとする肩口を押さえつけ、光政は千珠の身体にゆっくりと侵入する。千珠の手が、光政の腕を掴んだ。 「痛っ……! や……やめろ……!」 「静かに」  千珠の口を唇で塞いで声を殺す。千珠はぎゅっと目をつぶって、光政の背中にしがみついた。 「はぁっ……はっ……! いたい……っ……やっ……!」 「千珠……こらえてくれ」 「んっ……! んっ……ぁ、ああっ……」 「は……っ……千珠……。すまん、もう……っ」  ゆっくりと、脈打つ光政の雄芯が千珠の肉体を暴いていく。初めての快楽にとろけていた肌が、今は痛みと苦しみに耐えるように打ち震えている。 「あ、あ……うぅ」 「すまん、千珠……っ……はっ……はぁ……」  ひどいことをしている自覚はある。だが、止まらない。こんなにも熱く滾るような感覚は初めてで、もっともっとと千珠を求める欲望が止まらない。  少しずつ、千珠の中に己が馴染んできたと感じるや、光政はゆっくりと腰を引いた。そしてゆっくりとまた挿入を深くしてゆくと、千珠が「ん、ぁっ……!」の中が熱くひくつく。  戦で大勢の家臣を率いねばならない、張り詰めた日々。人を殺め、妙な高ぶりから醒めない頭。疲れ切っているのにまるで休まらない肉体。その全てを忘れさせてくれるほどの快楽だ。いつしか光政は、気遣いを忘れて獣のように激しく腰を振っていた。肌のぶつかる音と、濡れた音が暗い部屋に響いている。  千珠は自分を見つめる光政を、つと見上げた。  光政は、千珠の瞳から目を逸らさない。その眼差しに籠められたむき出しの感情が直接心に突き刺さって来るように思われ、千珠はその生々しさにぞくりと震えた。  その拍子か、目から一筋涙が流れ落ちる。驚いたのか、光政の動きがつと止まった。 「どうした?」  千珠は頭を振って、自ら光政の首に手を回した。 「止まるな……もっと……」  涙を流しながら挑発的な言葉を口にする千珠に、光政の表情が変わる。普段ならば穏やかで分別のある目に、ぎらりとした猛々しい光がちらつき、動きが荒々しく豹変した。  ぐっと膝頭を掴まれて、あられもなく脚を開かれる。身を起こした光政は千珠の細い腰を強引に引き寄せて、無遠慮なほどに深い抽送で千珠を穿った。 「ぁ、あっ……ぁ、んっ、ぁ」  千珠の紅い唇からは、熱い吐息と小さな叫びが漏れている。不意に顔を隠す腕を乱暴に引き剥がされたかと思うと、深く深く唇が重ねられた。  昂った本能のまま、光政は千珠の身体に自らの熱を注ぎ、果てた。小さな身体を戒めるように抱き締めていた腕が緩められると、千珠はぐったりと脱力した。  しばらくつながったまま、二人は荒い呼吸を重ねる。  光政は肘をついて半身を起こすと、目を伏せて胸を上下させる千珠の姿を見下ろした。汗が肌の上で玉のように光り、赤い唇はぬるりと光って艶かしく、目が離せなくなる。  ――……この美しい鬼は、俺の、ものだ……。  光政の視線に気づいた千珠は、困惑とも怒りとも取れるような複雑な表情で光政を見上げた。そのきつい視線に光政はふと我に返り、ようやく千珠の肉体を解放してやる。 「す……すまん。すまん、千珠。お前に痛い思いをさせるつもりなどなかったんだが……止められなかった」 「……俺は、お前のものなんだろ?」 「あ、いや、すまぬ、変なことを言った」  急に頭が冷えてきたらしく、光政はばつの悪そうな顔をしてあぐらをかいた。千珠は光政の下から逃れるように起き上がると、脱がされ散乱していた衣で肌を隠す。 「すまん、痛かっただろう……こんなことをされて」  光政は焦りの滲む表情で千珠の身体を気遣う。千珠は涙の跡をぐいと袖で拭い、目を伏せた。 「……滅茶苦茶痛かった」 「す、すまん。本当に、申し訳ない……!」 「でも……謝るなんて。馬鹿みたいだ。そんな必要はないだろう」 「え?」 「手駒として使えなくなったのなら、今みたいに扱えばいいだけの話だ。なのに、謝るなんて」 「俺は、そんなことはしたくない。それに今はもう、お前のことを手駒だなどと、言いたくはない」 「……意味が分からない」 「千珠」  光政は、また千珠を抱き寄せた。強く、強く。 「俺はお前を一人にはしない。これからもずっと、俺の国にいろ」 「……」  千珠は無言である。  しかし、その手はぎゅっと、光政の衣を握りしめていた。

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