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九、不安

 女二人が行ってしまうと、千珠と舜海は同時に縁側に座り込んだ。千珠は胸に触れ、眉根を寄せる。舜海はそんな千珠の横顔を見て、「ほんまに大丈夫か?」と尋ねた。 「ああ……本当に数日ならいいんだが。人間の姿の時よりは、まだ動ける感じはするから」 「その間に何も起こらへんとは思うが、あんまり一人になるなよ」  千珠は、すっきりしない顔で頷く。 「不安か?」  舜海が問うと、千珠はまた小さく頷いた。 「ああ。何だろうな、裸でそのへんに放り出されたような気分だ」 「大丈夫やって!みんなおるんやから、お前ひとり多少妖力がなくても問題ないやろ」  舜海は力強く千珠の肩を抱き寄せ、明るい声で千珠を励ます。 「ああ……そうだな」 「しかしお前……留衣のこと好きやったんか?」  急に話題が変わり、千珠は弾かれたように舜海の方を見た。濃く形の良い眉が、意地悪そうにぴくぴくと動く。 「寝てたんじゃなかったのか?」 「うつらうつらしとったら、なんやいい雰囲気になってきたから、目が覚めてしもうたんや」 「……聞かれてたのか」  千珠は複雑な顔をして俯くと、小さな声で言う。 「よく分からない。でも光政に、留衣を嫁に貰って欲しいと言われて」 「ええーっ!!ほんまか!」 「それ以来、あいつとどう接していいのか分からなくなっていた。それに、自分の気持ちっていうのがどうなっているのかも分からなくて」 「へぇ……。何やお前、意外と(うぶ)なんやな」 「五月蝿い」 「でもさっきの会話、いい感じやったで」 「そんなこと……」 「いや、似合いやと思うで。一緒に居るお前ら、楽しそうやしな。それにお前は、留衣にとっては初恋の男や」 「……」  千珠は顔を赤くした。そんな千珠を見て、舜海は楽しげに笑う。 「その反応、えらい可愛らしいやないか。それが恋っちゅうやつやろ」 「恋、ねぇ。したことないからよく分からないな」 「誰だって最初はそうや。俺は応援すんで、ちょっと複雑な気分やけどな」  千珠はそんな言葉に顔を上げると、舜海は人差し指で自分の鼻をぽりぽりと掻いた。 「まぁいつまでも、俺らの関係続けていくわけにもいかへんしな」 「……」 「留衣になら、取られてもええかな。取られる、っていうのとはちょっと違うか」 「何言ってんだよ」 「いざとなったら俺は我慢するしな。満月の護衛だって、別に柊がやってもええやろし」 「こんな時に、そんな事言うな」  千珠はちょっと苛立った口調で、舜海の方に向き直った。静かな目をしていた舜海の表情が少しばかり揺らぎ、不安げな千珠の顔を見てため息をつく。 「そんな心細そうな目で見るなや。我慢できへんくなるやろ」  「……そんな顔はしてない」 「してるやん」  舜海は千珠の手首を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せ小声で言った。 「明日の晩、いつもの廃寺に来い」 「……え、満月でもないのに?」 「同じような状態やろ。一晩、面倒見たるわ」 「そんなことされなくても……」  千珠は何か言おうとしたが、舜海の熱い眼差しを受けて口を噤んだ。そしてやや頬を染め、頷く。 「ああ……」 「いい子や」 「……」  不遜な笑みを浮かべる舜海から目を逸らし、千珠は無言でその手を振りほどく。舜海は軽く笑って、身体を少し離した。結局のところ、千珠も舜海の肉体からは離れがたい。  千珠はよくこんな夢を見る。  交わりながら、本当に舜海の肉を喰らう自分の姿を、もう一人の自分が見ているという夢を。  それはおぞましい夢なのに、千珠にとってはひどく魅力的な行為に思えてしまい、目覚めた時に身体が熱くなっている……そんな自分を恥じる朝もあった。  こいつに話すべきだろうかと、千珠がちらりと隣を見ると、舜海は緊張感なく欠伸をし、這って褥へ戻ろうとしているところだった。  千珠は呆れて、しかし少しほっとして、微かに笑みを浮かべる。  ――こいつは、そんなにやわな男ではない。俺のこんな夢など、笑い飛ばすに決まっている……。  千珠は再びいびきをかき始めた舜海の傍らに座り込み、膝を抱えて丸くなった。

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