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十、働く女

   留衣は、ひとまず宇月を風呂に入らせてやった。  旅の垢を落とし、留衣の着物を着て風呂場から出てきた宇月は、白い肌をしたただの女であった。背丈が低いため、留衣の着物を引きずっている。  風呂場の外で待っていた留衣は「お前、本当に千珠の妖気を封じた陰陽師か?なんか雰囲気違うだろ」と、呆れ声を出す。  宇月は背丈も低いが身体の凹凸も目立たず、女童のような体型をしている。それに対して留衣は、年中外を駆け回っているせいか肌の色は浅黒いが、引き締まった身体ながら女らしい曲線が目立ち、忍装束に身を包んでいたとしても、否応なく女だと分かるような肢体だ。  宇月は風呂場から出てくるなり留衣に手をついて頭を下げた。 「本当に、申し訳ございませぬ。見極めが甘かったでござんす」 「もう何度も謝るな。やってしまったものはしょうがない。付いて来い」  留衣は忍寮の一室に宇月を連れてゆき、部屋の真中に座らせると、自分は上座に胡坐をかいた。留衣の尊大な態度に、宇月はびくびくと小さくかしこまる。 「お前、どこの国の者だ?」 「わたくしは、都にて妖退治や魔除などを生業とする陰陽師でござんす。この度、出雲にて修行を積み、一度都へ戻る途中でござんした」 「陰陽師、か」  紗代の一件があるまで、青葉の国は今まで妖や怨霊の類が起こす事件など起きたことはなく、留衣は陰陽師を名乗る人間を初めて見た。舜海を始め青葉の寺には数名、法力を操ることの出来る人間もいるが、それは滅多に使うことのない力である。 「普段は兄弟子たちと共に、都の妖共を退治しておりました。都の人々を驚かせては怪我をさせたり無用な争いを誘うような、小物たちでございます」 「ふうん……あの術は?」 「あれは強力な妖魔を封じるためのものでござんす。使ったのは初めてで……」 「なるほどね、使い慣れたものじゃないのか」 「申し訳ございませぬ。わたくし、妖気を感じ取るのは得意なのですが、霊力はあまり強くはなく、まだまだ修行の足りぬ身で……」  宇月はしゅんとして、涙目になりながらそう言った。最後の方は消え入りそうな声であった。 「まったく……まだ穏やかな時代であったから良いものを。これが戦のときであったら、貴様は打首獄門だぞ」 「……返す言葉もございません。なんとか術を解く方法を考えますゆえ」  留衣は、身体の芯から申し訳なさそうにしている宇月を見て、だんだん気の毒になってきた。良かれと思ってしたことが裏目に出るということは、留衣とて経験がないわけではない。 「……あの」 「何だ?」 「あなた様は……忍頭と申しておられましたが、お年は?」 「十七だ」 「そうでありましたか……。羨ましいものです。お強くて、お美しくて」 「何を言っている」  真正面から容姿を褒められたことのない留衣は、少したじろいだ。 「わたくしは、見ての通りの容姿です。女としても、術者としても中途半端。いくら修行を積んだところで、この先どうなっていくのか、自分でも皆目見当がつきませぬ」  宇月は少し悲しげに微笑んで、留衣を見上げた。 「あなた様には、あのような素敵なお仲間もおられる。お互いを強く信頼し合っていることが、よく伝わって来たでござんす。わたくしは、仲間内でも疎まれております。だから修行と称し、今の棟梁に都から遠く離れた出雲へ行けと言い遣わされました。……そのまま戻って来ぬようにと」 「それはそなたの推測であろう?」 「いいえ……兄弟子たちの話を聞いてしまったでござんす。なのでここでわたくしを処分されても、誰も文句は言いませぬ。どうぞ、好きなようにお沙汰を下してくださいませ」 「……ふん、そういう事は、千珠の術が解けてから決める。とりあえず今日は地下牢で眠るがいい。山吹、朝飛、連れていけ」  留衣は、暗がりに控えていた忍の部下たちに命じた。二人の忍装束の男女が、宇月の両手を捉えて連れて行く。 「柊」  留衣はどこへともなく声をかけた。すると、しゅっと衣擦れの音がして、留衣の前に柊が現れた。天井裏にいたらしい。 「兄上には伝えたか?」 「はい。女の件は留衣殿に任せると。千珠殿のことは、舜海がついておれば良いと」 「そうか。どう思う、あの女」 「間者ではなさそうですな。居場所のない、哀れな女や」 「そうだな……」 「留衣様、少し情が湧いているのではありませぬか?忍たるもの、常に冷静に国の利益を考えねば」 「分かっている。お前に言われなくてもな」 「それならいいのですが。頭として、下の者に示しがつきませぬからな」 「分かってるって言ってるだろ。くどいやつめ」 「失礼つかまつりました」  柊は僅かに笑うと、またふっと姿を消した。  留衣は肘置きに左半身を預け、しばらく何か考えるように、空を見つめていた。

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