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十六、逢瀬

 城から馬を駆って半刻程の場所に、古びた廃寺がある。戦火で朽ちかけた鳥居の奥に、荒れた法堂がひっそりと佇んでいる。  千珠はふわりと音もなく本堂の前に降り立つと、見慣れた廃寺を見上げた。  満月の夜、千珠が人の姿となる晩は、必ずこの場所で舜海と過ごす。山深くにあり、いかにも不気味な空気を漂わせるその寺には、誰も近づかない。それが二人にとっては好都合であった。  千珠は今にも崩れ落ちそうな石の階段を登り、夜闇より黒く暗い堂の中へと足を踏み入れた。何もかもが溶けてしまいそうな暗闇をしばらく眺めていると、徐々に目が慣れて来る。  涼し気な虫の声だけが、がらんとした広い堂の中に響いていた。  千珠はふと背後を振り向いて表を見遣る。ひんやりとした夜の空気を吸って冷えた木扉に片手を添え、上空に浮かぶ細い月を見上げる。  細い筆で描いたような白い月。霞がかった夜空には、星はほとんど見つけられない。  音もなく背後から手が伸びてきて、戸口に立つ千珠の身体を抱き締めた。  千珠は驚かない。  後ろから耳元に口を寄せてくる、感じ慣れたその逞しい身体に眼を閉じてもたれかかる。耳を甘く()まれ、長い髪を掻き上げられ、舜海の熱く乾いた唇が首筋を辿る。舜海の身体はどこに触れても熱く、その肌に包まれると安堵する。また同時に、欲望に火が灯されるような心地になる。  舜海の手が伸びて扉を閉じると、堂の中は墨色に染まり、あちこち破れた木の壁から、ぼんやりと月明かりが光の筋となって差し込んだ。  微かな衣擦れの音と共に、着物の片袖が滑り落ちる。腰から背中を撫で上げられ、千珠はふるりと身体を震わせた。滑らかな肌の感触を楽しむように、舜海の手がゆっくりと千珠の上半身を滑り、熱い指先が敏感な場所に触れる度、千珠は仰のいて嘆息を漏らす。 「は……っ」 「千珠……」  慈しむように、耳元で自分の名前を囁く低い声。  向かい合う二人の唇が重なる。千珠が自分から舌を絡ませると、舜海はより強く、そのほっそりとした身体を抱き締めた。首の後ろに添えられた手で、千珠は舜海の熱い接吻と力強い抱擁から逃れられない。  何度も何度も深い口付けを交わしていると、だんだん頭の芯がぼうっとしてくる。立っていることもままならなくなってふらつくと、舜海は千珠をゆっくりと床に横たえた。  しどけなくはだけた着物から覗く白い肢体を、舜海は目を細めて見下ろしていた。暗がりの中でも、千珠の白い肌は艶を持って浮かび上がり、潤んだ瞳は僅かな月明かりを受けてきらめいている。  いつになく真剣な熱い眼差しを注がれて、千珠はその力強い目から視線を逸らせなかった。自然と手が伸びてその頬に触れると、舜海は白い指を捉えて口に含んだ。ねっとりと指先を舌で愛撫する舜海の仕草と、絡みつく濡れた舌の感覚があまりに淫靡で、身体の奥がじんと熱を持ってゆくように感じられた。  千珠の視線に気づいた舜海は、少し唇を吊り上げる。そして今まで愛撫していた指に、自らの指を絡ませて床に押し付け、もう一度深い口付けをした。  互いの吐息が漏れる中、舜海は千珠の唇を、舌を貪るように吸う。そうされながら帯が解かれ、千珠はその次になされるであろう行為を予感して、熱く疼き出す身体をくねらせる。  舜海は無言のまま頭を下げると、千珠の胸から腹、そのさらに下まで、舌を滑らせてゆく。 「ん……っあ……!」  急激な快楽の高まりに、千珠は咄嗟に唇を噛んで声を殺した。膝裏を掴んで脚の間に顔を埋め、舜海は湿った音を立てて千珠を攻め立てている。 「んっ、……ぅん……!はっ……はぁっ……」  千珠は漏れる声を抑えられず、早くなる呼吸と共に身体をのけぞらせた。舜海の動きはいよいよ激しさを増し、千珠は弾けるような快楽の昂ぶりに、身体を震わせて身を委ねる。 「あ……!っ……ああっ……ん……!」  舜海の身体を挟み込むように大きく脚を開かされ、千珠はあられもない姿を晒していた。舜海は千珠を組み敷いたまま満足気な表情で、昇り詰めた後の脱力で、蕩けそうな表情を浮かべる千珠を見下ろした。 「……ええ顔やな」 「う……五月蝿い……!」  気恥ずかしそうに顔を背ける千珠の顎を、空いた手でぐいと強引に自分の方に向けると、舜海は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。 「俺を見ろ、千珠」 「ぅっ……!」  千珠は眉根を寄せて、腰をびくんとのけぞらせた。最初(はな)から激しく突き立てる舜海の動きに、千珠はこらえ切れずに大きく喘ぎ、眼を固く瞑って顔を背けようとした。しかし大きな手に顎を掴まれると、無理矢理に舜海の方に顔を向かせられ、激しさを増す攻め立てに声を上げた。 「そうや……目、逸らすな。全部俺に見せるんや」 「この……野郎……!ん……んっ!あっ……っ!」  顎を掴まれたままの千珠の目から、羞恥心か悔しさからか涙が一筋零れ落ちる。舜海はどことなく残忍にも見えるような凄みのある笑みを浮かべ、その涙を舌で舐め取った。 「泣くほどいいか……?もっと欲しいか?」 「……んっ……!んっ……あっ……!」  舜海は千珠の片膝を肩に担ぎ上げ、更に身体を開かせながら、奥の奥までその身を穿った。千珠が抑えきれず高い声を上げると、舜海の目は更に猛々しさを増し、ぎらぎらと光りを帯びる。  激しく穿たれることで、ぞくぞくと快感が高まる。舜海から与えられる激しい快感に耐え切れなくなった千珠は、ついに首を何度も振り、喘ぎながら訴えた。 「あっ……あんっ、もう、やめ……っ……!」 「何やって?」  舜海は動きを止めずに、わざと聞こえないふりをした。千珠は涙目を舜海に向け、何かを言おうと試みるものの、舜海の激しい責めに喋ることもままらならず、言葉は熱く湿った喘ぎ声にしかならない。 「も……堪忍し……てっ……」  普段の千珠の口からは絶対に出てこないであろう降参の言葉が、零れた。 「聞こえへんな、もういっぺん言ってみろ」 「か、堪忍して……くれ……!もう……やめ……あっ!」 「しゃあないな」 と言いつつ、千珠が目を閉じて視線を背けようとすると、舜海はもっと激しく千珠を責め立てながら「あかんやろ……こっち見ぃ。やめへんぞ」と、耳元で熱い吐息と共に囁くのだった。 「はぁっ……!はっ……!あんっ……!」  千珠は荒い呼吸をしながらうっすらと目を開き、切なげな表情で舜海を見上げる。もう一筋、千珠の目から涙が流れ、その扇情的で切なげな表情の妖艶さに、舜海は堪え切れず千珠の中で達してしまう。  ようやく解放された千珠は動くこともままならず、震える拳で目を拭っている。舜海はぐったりとした千珠を引き起こし、乱れた衣を直す隙も与えずに千珠を抱き寄せた。  お互いの早い呼吸と、濡れた身体が熱を伝え合う。千珠の背中を力を込めて掻き抱き、舜海は目を閉じた。千珠もまた、舜海のはだけた胸元に頬を寄せてゆく。

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