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二十四、暴走

 身体の奥底から、爆発的に燃え上がる自らの妖気の猛々しさに、千珠は唇を吊り上げて笑う。  血が沸き立つように熱くなり、今までに感じたこともないような熱く凶暴な鬼の力が、その身にふつふつと漲ってゆく。  千珠の異変に気付いた兼胤は、慌ててその身体を離そうとしたが、今度は千珠がその手を掴んだ。まるで獣のように縦長に鋭く裂けた瞳孔を見て、兼胤はぞっとした。 「……呪印が、消えとる」  千珠はぎらぎらと憎しみにぎらつく目を兼胤に向けると、その手首を思い切り握り締めた。ばきぼきぼき、と骨が砕ける音が響く。 「おああああ!」  兼胤は激痛に大声を上げ、千珠を突き放して道場の床に転がった。手首を押さえながら千珠を見上げると、千珠は上半身裸の状態で、ゆらりと立ち上がる。  その身体は青白い炎に包まれ、ごうごうと燃え上がっているかのように見える。千珠は自分の脇腹の血を右手で掬うと、ぺろりと舐め、兼胤を見下して笑った。 「よくもまぁここまでやってくれたもんだ」 「……いや、ただの悪ふざけじゃ!ちょっとからかっただけじゃが!」  兼胤は引きつった顔に無理やり笑みを浮かべようと、ぎこちない表情を浮かべた。千珠の圧倒的な妖力を目の当たりにして、すっかり縮み上がっている。 「舜海をやったのも悪ふざけか。ならば、俺の悪ふざけにも付き合えるな?」  千珠は目にも留まらぬ速さで飛びかかると、長く伸びた鉤爪で兼胤の腹をかすめた。浅く切られた傷から、大量の血が吹き出した。 「ぎゃああああ!や……やめてくれ!すまんかった!!」 「脆いなぁ」  千珠は尻餅をついている兼胤にゆっくりと歩み寄ってゆく。兼胤は恐怖にひきつった顔で、恐れ慄きながら千珠を見上げている。 「千珠さま!おやめください!」  頬を腫らして傷だらけなっている忍衆の竜胆(りんどう)が、千珠を背中から押さえ込む。千珠は小さく舌打ちをした。 「こんなことをしていては、殺してしまいますよ!」 「離せ!」  千珠が腕を振ると、竜胆は道場の反対側にまで吹っ飛ばされ、ずるずると床に崩れた。兼胤はそんな竜胆を見て青い顔を更に青白くすると、尻餅を付いたまま後ずさる。  しかしすぐに壁にぶつかってしまい、逃げ場がなくなった。 「千珠さま!あかん!」  今度は柊の声が道場に響いた。千珠はちらりと首だけで後ろを振り返ったが、何も言わずに兼胤を再び見下ろす。 「千珠さま!どうか落ち着いて!こいつ殺したら戦になるんや!」 「それがどうした!戦になっても、俺がまた勝たせてやる!こいつ一人殺すくらい、どうもないだろ」  抑えよう駆け寄った柊をも、千珠は容赦なく突き飛ばした。  直後、千珠は胸を押さえて、突然呻き始めた。  一瞬の静寂の後、千珠を取り巻いていた青白い炎が、更にその激しさを増す。千珠の中から風が渦巻くように、凄まじい妖気が放たれる。腕の数珠が音を立てて引きちぎれ、珊瑚が四方八方に飛び散った。  ふらつきながらも残忍な笑みをその唇に湛え、兼胤のへたり込んでいる壁際まで歩を進める。千珠はすっと腕を頭上に伸ばすと、兼胤の頭上の土壁に鉤爪を振り降ろした。    土壁が裂けて脆くも崩れ落ちた。  土埃が立ち、土砂降りの屋外が見える。  千珠の妖気をもろに食らい、一振りで分厚い壁を切り崩す千珠の力を見せつけられた兼胤は、ただただ青い顔でがたがたと震えていた。目からは涙が流れ、口からは涎が流れるのも構わず、ただ怯えきっていた。 「俺を汚した罰だ。ここで死ね」 「千珠さま!やめてくれ!」  柊の悲痛な声も、轟々と燃え上がる千珠の妖気に阻まれて届かない。千珠は赤く染まった目を細め、長い爪を軋ませながら、凍りつくように冷ややかな声で告げた。 「死ね」  

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