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十一、真相

「なんだって?」  千珠は耳を疑い、そう聞き返した。舜海と宇月も、険しい顔になる。 「あの男、神祇省をかねてより目の敵にしております。鬼退治の混乱に乗じて、千瑛どのを始めとした役人たちを排し、自分たちが朝廷の中心にと考えているのです」 「……その割には、鬼にいいように暴れられているやないか。鬼退治をした方が、手っ取り早いんちゃうか?」 と、舜海。 「あの鬼は、佐々木猿之助の血で召喚された鬼。猿之助の命令には逆らえぬよう、何かしらの(しゅ)により鬼を戒めているのです。更に、猿之助の側近達は討伐には加わらず、高みの見物を決め込んでいる。傷ついているのは、上の事情を知らず、都のためにと働いている若き陰陽師たちばかり」 「何てこと……」  宇月は血相を変えた。業平は険しい表情を崩さず、続ける。 「自身に都合の悪い者を遠くへ遣り、密に魔境から鬼を呼ぶ術式を執り行っていたのです。お恥ずかしながら、それに気づいたのはつい先日のことでした。あの男が術で鬼を縛り、世にも恐ろしい命を下している所を、密偵がようやく突き止めたのです」  業平はひと呼吸置いて、千珠を見つめ、重々しく言った。 「……帝を喰い殺すようにと」 「!……何てことだ」  千珠は奥歯をぎり、と噛み締めた。 「今、都を取り巻く気の流れが変わり、鬼門が開きやすくなっている。それをあの鬼も感じているのでしょう。あの鬼は、力の弱い種族ではありませぬ。猿之助の戒めを破って逃げ出しては関係のない市中の人間を襲い、その度また猿之助に縛られる……の繰り返しです」 「ひどいな」  舜海は眉を寄せ、千珠の横顔を見た。表情が微かに冷えゆき、その琥珀色の瞳の中には、怒りの炎がちらちらと揺れているように見えた。 「千瑛殿はこのことを知らぬのですか?」 と、千珠。業平は頷く。 「はい。私達は、今は神祇省には近寄れぬ身分。そこで、あなた様方を頼ってまいりました。このことを、どうかお伝えいただきたく」 「……無論、承知した」  千珠は頷くと、宇月と舜海を見る。二人とも、目を合わせて頷いた。 「鬼門が開くと、どうなるんです?」  舜海は、業平に聞いた。 「自然に開くことはまずありませぬが、あの鬼の力を以ってすれば、こじ開けることは可能かもしれない。ただその場合、瘴気を含む風が人境に吹き荒び、魔境から人の世にやって来るであろう魑魅魍魎達によって、都は焦土と化す恐れがあります」 「そうならずに鬼門を開く方法は?」 と、千珠が問う。 「えっ……?」  宇月は驚きの表情で千珠を見た。千珠は宇月に視線を移すと、大真面目な顔でこう言った。 「あの鬼が無理矢理にこっちに連れてこられたんなら、また向こうに送り返すこともできるんじゃないか?」 「それは……」 「方法はあります」 と、業平。 「巨大な結界を張り、その中で、鬼門をこちらから開くのです。ただ、とてつもない力が必要です。人の力で鬼門を開こうというのですから。それに、外を護る陣を崩さぬために強力な術者も必要だ」 「それが可能な人間は揃えられると思われるか?」 と、千珠は重ねて問うた。 「我々に(くみ)する陰陽師は集められると思います。ただ、あの大きさの鬼を送り返すには、それ以上の力が必要なのです」 と、側近の一人である、おっとりとした都風の顔立ちをした若い男がそう言った。 「佐々木猿之助は、あの鬼を呼ぶにあたって、数名の人柱を立てています。だからこそ、力以上のものが呼び出せた。送り返すとなると……」 「あの鬼以上の力って……千珠様くらいしか、今は……」 と、困惑した表情で宇月は千珠を見上げた。千珠は静かな表情で業平を見る。  業平は、俯き加減だった顔をすっと上げた。 「千珠さまがお力を貸してくだされば、我らで鬼門を開くことができるやもしれませぬ。あなたの妖力を楔として、陣を成すのです」  舜海は眉を寄せる。 「そんなことが出来るんか?」 「大丈夫です。あくまでも、千珠さまは陣を壊さぬための楔として、中心にいてもらう。つまり、人柱の替わりとなり、陣にそのお力を流し込んでいただくということです。それをやっていただけるのならば、後は我々が何とか致します」 「そう、か」  舜海はまだ腑に落ちない顔をしていたが、千珠は頷いた。 「いいでしょう」  宇月は心配そうな顔をして、千珠と業平を見比べる。 「ありがとうございます。ならば早速、陰陽師を集めてみます」  業平は安堵したように笑みを浮かべ、千珠をしっかりと見つめて深く頷いた。 「そんな巨大な術が、本当に成功するでしょうか……」  そう言う宇月は、不安そうである。 「……やるしかないな。千珠は、きっとあの鬼を斬れへん。できるんやったら、もうとっくに殺してる。それに、力が強すぎて人の力では何もできひん。こうするしかないやろ」  舜海は、宇月の迷いを断ち切るように、そう言い切った。  千珠は、何も言わずに立ち上がると、荷物の中から黒い忍装束を取り出し始める。業平は頷くと、再び深く一礼した。 「千珠さま、どうぞ、よろしくお願いいたします」 「分かりました。俺は、今から千瑛どのの屋敷に行ってその旨を伝えてきます」  千珠は髪を結い上げながら、業平にそう言った。忍装束の黒い頭巾を頭に巻き、固く締める。そして、仕込杖を腰の後ろに差すと、草履を手に庭に出て行った。 「千珠さま、お気をつけて。お一人で大丈夫ですか?」  不安気な表情の宇月は、舜海を見上げた。舜海は肩をすくめ「大丈夫や。かえって俺らがついて行くと足手まといになるからな。千珠の脚には誰も付いて行けへんし」と、言う。 「そういう事だ、お前らはここで待ってろ」  千珠はそう言うと、ふっと暗闇に姿を消した。

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