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十四、安堵する場所

 千珠が宿に戻るのを、舜海は起きて待っていた。  居間を挟んで男部屋と女部屋とし、その女部屋では宇月と山吹が眠っている。 「おかえり、寒かったやろ」 「ああ……」  帰ってきた千珠は、背中に帯びていた仕込み刀を畳に置き、火鉢の前に座る舜海の前に座った。舜海は刀の手入れをしていたが、千珠が向かいに座るのを見て、静かに刀を鞘に収める。 「何やええ顔してるやん。お父上とゆっくり喋れたんか」 「うん、それなりにな」  千珠ははにかむような笑みを浮かべると、手を火の上で擦り合わせる。 「気は落ち着いたんか?」 「ああ、大丈夫だ。……なぁ、舜海」 「ん?」 「俺……弟がいるんだって」 「え!?そうなんか?」  舜海は目を真ん丸にして大声を出し、慌てたように口を押さえた。千珠は微笑む。 「父上の今の奥方との子で、槐っていう名だ」 「えんじゅ……よう似た響きにしはったんやなぁ」 「ああ」  早くこのことを誰かに伝えたかったのかもしれない。千珠は、舜海の反応を見てまた花のように笑った。舜海もつられるように、微笑する。 「ちゃんと、お前にも家族がいるやないか。父親に、弟、良かったな、千珠」 「うん」  こんなにも幸せそうに笑う千珠を、舜海は初めて見たような気がした。嬉しくもあったが、それは同時に少し寂しくもあった。  千珠にとって大事なものが増えていくのは、もちろん喜ばしいことだ。でも、その分自分から離れていってしまいそうな気がしてしまい、それが少し怖かった。  しかし、そんな自分の想いで、千珠の幸せを邪魔したくはない。  それが表情に表れぬよう、舜海は精一杯の笑顔を見せ、千珠の腕を引き抱きしめる。 「良かったな、ほんまに」 「うん」  舜海の胸の中に収まっている千珠の身体から、ふわりと力が抜ける。舜海は千珠の頭を撫でながら、翳りそうになる表情を見せないようにしていた。  行灯の暖かな薄暗さと、部屋の暖かさ、そして舜海の体温にすっかり弛緩している様子の千珠が、眠たげに目をこする。それに気づいた舜海は、「もう遅いな、寝ろ」と、少し身を離した。 「ああ……」  千珠はぼんやりした表情で、すぐ脇に三組敷いてある布団を見る。 「柊は?」 「まだ帰って来てへん。俺は待つから、お前は寝とけ。明日は大変やぞ」 「うん……」  眠たそうに蒲団の方へ四つ這いで進む千珠を見て、舜海はちょっと笑った。 「お前ほんまに寝入りと寝起き、弱いよな。そんなこと敵に知られたら狙われるで」 「そう言われても、こればかりはどうしようも……」  舜海は思い付いたように、四つ這いになっている千珠を背後から捕まえて、肩を掴んで上を向かせた。千珠は少し驚いた表情を見せる。 「忍装束、脱がなな」 「あ……」  蒲団に組み敷くと、舜海は千珠の黒い頭巾を外す。さらりとした銀髪がそこからこぼれ落ち、褥の上に広がった。  自然と唇が重なり、二人はゆったりとした口付けを交わした。  そうしながら、舜海は千珠の忍装束を一枚一枚脱がせてゆく。黒い装束の下から白い肌が覗くと、その胸元に唇を寄せた。胸の突起に吸い付き、舌先を絡ませながら優しい愛撫を与えると、千珠はびくっと身体を震わせて、声を殺す。 「ぁ……だ、……だめだよ……」 「ちょっとだけや」  舜海はそう囁くと、千珠の腕から着物を抜き、腰紐を解いて袴も脱がせにかかる。 「ちょ……待てよ……」  慌てた千珠は袴を脱がそうとする舜海の手を止めようとしたが、舜海はそれをかいくぐってすぐに袴を下ろしてしまった。 「今さら何を照れてるんや」  千珠の脚を身体で割ると、舜海の腰を挟むように、白く引き締まった太腿が伸びる。艶やかな脚に手のひらを這わせながら、この細い脚のどこにあの跳躍力があるのかと、不思議に思った。  太腿を撫でながら再び千珠に口付けていると、千珠の吐息が、少しずつ熱くなるのを感じた。 「は……ん……んっ」 「あんまり声出すと、宇月たちに聞かれんで……」 「じゃあ、もう、やめろよ……」 「やめて欲しくないくせに。どの口がそんなことを言うねん」 「あっ……や……っ」  下履きの中に手を忍び込ませ、既に硬さを持ち始めている千珠のものを掌に包む。 「ふっ……んっ、だめだって……」 「いいやん、少しくらい」 「あっ、んっ……だめ、だめだよ……」 「ええから、声出すな。千珠」 「……んんっ、んっ、はぁっ……」  とろりと、微かに濡れた感触が指先に触れる。我慢が出来なくなって来た舜海は、千珠の下履きをも脱がせてしまう。    行灯の揺れる灯火に照らされた、千珠の白く美しい裸体を見下ろす。脱がされた黒い衣の上に横たわる千珠のしなやかな痩身は、より一層白く美しく見えた。  舜海を見上げる千珠の目は、灯の揺らめきを受けてきらきらと潤み、唾液で濡れた唇を薄く開いて吐息を漏らすその様はあまりに妖艶で、舜海は千珠から目が離せなかった。 「きれいやな……千珠」 「もう、やめろよ……」 「こんなになってんのに、やめてええんか」 「……それは」  口籠り、気まずそうに目を逸らす千珠を見て、舜海は低く笑った。 「……どうして欲しい?」 「え……?」 「なぁ、千珠。どうされたい?」 「……んっ。ぁ……!」  舌を伸ばして千珠の胸の尖りをちろちろと舐めてやると、千珠は口を手で押えた。 「やめ……!」 「舐めただけでそんな声出すんやったら、挿れるのは無理やな……」 「あ、う……ん……!」 「どうされたい?言うてみろ、千珠。何でもしてやるから」 「ま、てよ……!」  顔を朱に染め、必死で自我を保とうとしている様子の千珠がいじらしく、更にこの美しい鬼の子を苛めたくなってしまう。  その根を扱いていた手を止めると、千珠は舜海の法衣を掴み、物寂しそうな、残念そうな表情を浮かべ、もどかしそうに腰をもぞつかせる。 「舜……」 「こんなになって、しんどいやろ」   「あ……」 「ははっ、そんな残念そうな顔すんな」 「……くそ……、ばかやろう……」  千珠は悪態をつきながらも、焦れたように腰を蠢かせ、訴えかけるような目で舜海を見上げている。潤んだ目で、縋り付くように。 「さ、触って……」 「ん?」 「ここ、触って……」 「どこを触って欲しい」 「えっ……」 「言ってみろ、俺には分からへんから」 「そんな……もう、やめてくれ。言えないよ……っ。そんなの……!」  終いには泣きそうな顔になりながら、千珠は真っ赤になって目を瞑り、横を向いてしまった。そんな千珠が可愛くて仕方がなかった。舜海は身を寄せて、その桃色に染まった耳元で囁く。 「ええよ、触って、いかせてやる」 「ん……」 「口がいいか?手じゃ物足りひんもんな」 「まって!あ、うっ……ん!」 「ええから、声出すなよ」  片足を肩に乗せて脚を開かせ、千珠のそれを口に含み、唾液を含ませながら舌を絡ませると、ひときわ大きく身体が震える。太腿から腰を撫で上げつつ、硬さを増すそれを吸い上げると、千珠の口から堪えきれない声が漏れた。 「あ、んっ、ん……!」  目だけで千珠の様子を見上げると、雪のように真っ白な肌を全身桃色に染めながら、手で口を押さえて必死に声を殺している姿が見える。そんな様子もたまらなく健気で、舜海は思うままそれをしゃぶり、小さな尻を揉みしだく。 「んっ……!!う、んっ……!!」  口内に熱いものが放たれるのを感じる。慣れたその味を吸い尽くし、舜海はようやく千珠を解放してやった。 「はぁ……はぁ……は……っ」 「早かったな。どうした」 「……くそっ……この、変態め」 「変態とは何やねん。お前に言われとうないわ」 「……」  今にも涙が溢れそうに潤んだ瞳を舜海に向けると、悔しげに唇を引き結んだ。舜海は笑って、千珠の銀髪に指を絡め、頭を撫でる。そうしていると、千珠の表情は少しずつ和らぎ、心地よさそうに目を閉じた。  千珠は、頭を撫でられるのが好きらしい。いつもそうしてやると、大人しくしおらしくなる。そういうところも、可愛くて仕方がなかった。   呼吸を整える千珠をじっと見つめていると、赤く熟れたような唇が微かに動いた。  「……い」  唇から、掠れた声が漏れる。聞き取れず耳を近寄せると、いきなり耳朶に噛み付かれた。 「いってぇ!!」  驚いた舜海は、弾かれたように上半身を起こした。千珠は肘をついて裸の上半身を少し起こすと、「寒い」と言った。 「あ、すまんすまん。でも、噛み付くことないやろ」  千珠にかじられた耳を押さえながら、舜海は宿に備えてある浴衣を千珠に投げ寄越した。 「甘噛みだ」 「お前の甘噛みは、人間の本気やということ忘れるな」 「ふん。こんなとこで……こんなことするからだ。柊もいつ帰ってくるか分からないし、宇月たちも隣にいるのに」  千珠は起き上がり、ぱぱっと浴衣を着込んだ。 「はは、すまんすまん。けど、そんな状況に興奮してたんはお前やろ」 「……興奮なんて、してない」  千珠はまた頬を染め、つんとした口調でそう言った。 「嘘つけ」  「五月蝿い」  千珠はぶつぶつ文句を言いながら、もぞもぞと布団に潜り込む。舜海は笑いながら、千珠の褥の横に座った。 「寒いなら、暖を取らせてやろうか」 「また何かする気じゃないだろうな。お前はその……まだ……」  あんな行為をした後で、舜海の身の猛りは平気なのかということを気にしている様子である。しかし、羞恥心が働いているのか、それを口には出来ないらしい。恥じらう千珠を見て、舜海はまた笑った。 「俺はいい。まぁ、この一件が片付いたら、俺もじっくり楽しませてもらうからな」 「……じっくりって」  千珠は更に、頬を朱くする。肌が白いためか、千珠はすぐに赤くなるのだ。 「ほら、添い寝してやる。寒いんやろ?」 「……うん」  舜海に背を向けて横になっていた千珠は、首だけで舜海を振り返って付け加えた。 「柊が戻るまでだぞ」 「へいへい」  と言いながら千珠の背後から首の下に腕を通し、冷えた細い身体を抱き寄せる。すると、どことなく力が入っていた身体から力が抜け、気の抜けたため息と寛いだ声が聞こえてきた。 「はぁ……温かい」 「そうやろ」 「腕、痺れるぞ?」 「ええよ、寝やすいやろ」  舜海の台詞に、千珠は閉じかけていた目を開く。  初めて舜海の腕に抱かれた時も、そんなことを言われたな……と。 「ありがと……おやすみ」  その時言えなかった感謝の言葉と、舜海が与えてくれた優しさへの礼を、その一言に込めて小さく呟く。 「ああ、おやすみ」  まさかその一言にそんな昔の感謝が込められていることなど知りうるはずもない舜海は、呑気に大欠伸をして、千珠の髪に顔を寄せた。

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