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二十五、約束

 いつもの廃寺にも、うっすらと雪が積もっていた。  冷え冷えとした空気の中、がらんとした法堂の中には、二本の燭台に弱々しく炎が灯っている。  舜海の出立は、明日に迫っていた。  城では、壮行会と称した宴が開かれており、重臣から普段稽古をつけている門弟たちまでもが集まって、盛大に酒を飲み交わしている。  千珠は一人その喧騒から逃れ、いつも舜海と二人で会う廃寺にやって来ていた。  静かだった。  ここで過ごす時間は、一体二人にとってどういう意味があったのだろうかと、千珠は想う。  護衛という名目のもと、自分を抱く舜海の表情はいつも真摯だった。  舜海の気持ちを、その腕に抱かれる度に感じていた。  いつもいつも、自分を大切に思う、彼の気持ちを痛いほどに。  そばにいて当然だった。いつも近くでその気持ちを、体温を感じていて安心していた。  それがしばらく、遠ざかるだけ……。  千珠は、ぼんやりと蝋燭の炎を見つめていた。ゆらゆらと揺れる炎が、千珠の気持ちを落ち着けていく。 「お前、こんなとこで何してんねん」  不意に、舜海の声がした。千珠は驚いて、扉の方を振り返る。  舜海はいつものように笑みを浮かべ、扉に寄り掛かり腕を組んで立っている。法衣を着崩し、そこにもう一枚厚手の羽織りを引っ掛けている姿は、なかなか粋だった。 「……主役がこんなとこにいていいのか?」  千珠は静かにそう言った。 「あんだけ飲んだら、もう皆訳わからへんくなってるし、ええねん」  舜海は千珠の隣に座り込んだ。酒の匂いが漂って来るのを、千珠は非難がましく袖で鼻を押さえて抗議する。 「酒臭いぞ」 「おお、すまんな」 「ったく……。何しに来たんだ」 「お前の姿が見えへんから、ひょっとしたここかなって思ってな」 「ふん……」  千珠は鼻を鳴らすと、また蝋燭の炎を見つめた。 「この数日、ばたばたしてたから、ちゃんと話しできてへんな」 「……別に、何も話すことはないだろ」  淡々とそう言う千珠の肩をぐいと引いて、舜海は真っ直ぐに千珠の目を覗き込んだ。 「そんなことないやろ、お前、あれから俺と目も合わせへんくせに、ずっと何か言いたそうにしてるやん。何でも言えよ、今なら誰もおらんから」 「……何て言って欲しいんだよ!」  千珠は突然、声を荒らげた。舜海は驚いて、目を見開く。 「行かないでくれって言って欲しいのか!?お前がいないと駄目だとか、言って欲しいのかよ!」  久方ぶりに目を合わせた千珠は、既に泣きそうな顔をしていた。千珠の声が、がらんとした堂に響く。 「分かってるよ、お前の行動が最善だって。それを俺が引き止める理由もない。俺にも……やらなきゃいけないことがあるんだ、お前に頼ってばかりじゃ、駄目なんだ!」  鬼の力を、もっとうまく操れなければいけない。今回のように、心を惑わされることがないように。  恐怖で、鬼の力を暴走させることがないように。もっと、強い心を持たなければいけない……千珠には分かっていた。 「俺だって、お前がいなくても大丈夫になるくらい、強くならなきゃいけないんだ!自分の力くらい、自分で何とか出来なきゃいけないんだ!」  千珠の目から涙が溢れ出す。 「分かってる、分かってるよ!でも……怖い、いつもいつも俺のそばにいたお前と離れて、自分がどうなるのか分からない」  千珠がぎゅっと目を閉じると、ぱたぱた、と木の床に涙が落ちた。 「お前と……離れたくない……」 「千珠……」 「でも、行くななんて、言えない!言いたくない、でも、でも……」  嗚咽を漏らす千珠を、舜海はぎゅっと抱きしめる。強く、強く。  舜海の胸にすがり、混乱し、泣きじゃくる千珠は、まるで小さな子どものようだ。舜海はただ何も言わずに、千珠の頭を撫でながら、取り乱した心を落ち着かせるように抱き締める。 「……俺だって、お前とほんまは離れたくはない。でもな、このままの不甲斐ない自分のままでお前のそばに居るのも苦しい。だから行くんや」  千珠の耳元で、舜海はそう呟いた。千珠は尚もしゃくりあげながら、泣いている。 「たかだか二年。お互い、成長しようや。お前には新しく弟が出来た。護るもんが増えたんや、しっかりしなあかんやろ」 「……弟」 「俺には家族はいいひんけど、お前の喜ぶ顔が見れて、めっちゃ嬉しかった。そういうお前らを護れるようになるためにも、俺は行く。お前も、強うなれ」 「……強く……」 「そうや」 「これ以上……強くなったら、お前は俺に一度も勝てないまま終わるな……」  ひく、ひっくとしゃくりあげながらも、千珠はそんなことを言う。舜海は気が抜けて笑った。 「おい、俺がいつお前に負けた……」  千珠は、膝で立ち上がり、自分から舜海の唇に自らの唇を寄せた。  頬を濡らす涙に濡れた唇を押し付けると、舜海の手が背中に回り、膝立ちしている千珠の華奢な身体を、力強く引き寄せる。  千珠は顔を離すと、泣き濡れた顔で舜海を見つめる。舜海はその濡れた頬を親指で拭いながら、小さな顔を両手で包み込んだ。  千珠の目からはらはらと流れ落ちる涙を唇で舐め取り、舜海は切なさに顔を歪めて、千珠を掻き抱いた。 「千珠……」  感じ慣れた舜海の熱い体温、力強い腕、想いを込めて自分の名を呼ぶ声……千珠は必死で覚えておこうと目を閉じる。  胸が苦しかった。このまま、息ができなくなるのではと不安になるほどに。  でも、舜海は未来を見ている。そのために、行くのだ。他ならぬ、自分のために。  俺も、やれることをやらなけらば。次に会うときに、笑って再会できるように。 「舜海……舜海……」 「言いたいことを言ってくれ。俺は何でも、受け止めるから」  そう言って、舜海が優しく微笑む。千珠の目から、またぽろぽろと大粒の涙が滑り落ちた。  舌を絡め合いながら、舜海を冷えた床に押し倒す。はらりと落ちた銀髪が、熱い目をした舜海の顔の上に流れ落ちた。舜海はその髪を一束掬い、そっと唇を寄せる。  感覚の無いはずの髪の毛ですら、触れられるだけで身体が熱くなるような気がして、千珠はたまらず身を屈めて舜海の舌を吸った。 「舜、お前がいなくなるのが、怖くて……不安で……」 「うん……」 「お前と、いたい。離れたくない……いつもこうして、抱いていて欲しい」 「うん……」 「一緒にいたい……一緒にいたいよ……」  下から腰を抱いていた舜海の手に、力がこもる。接吻の隙間に想いを吐き出していた千珠は、つと顔を上げて舜海を見下ろした。  身を起こした舜海の上に跨がったまま、きつくきつく抱き締められ、たまらず吐息が漏れた。 「千珠……脱いで。お前の身体が、見たい」 「……え?」 「自分で脱いで、俺に見せろ。千珠……早く」 「あっ……」  耳元で囁かれながら、熱い舌が耳朶を滑る。ぞくぞくと身体を震わせ、千珠は操られるように羽織を落とし、帯に手を掛けた。  しゅる、と衣擦れの音がして、千珠はゆっくりと襟を開く。そして、袖を抜かぬまま、肩から着物を滑り落とす。  肘に引っ掛かって止まった着物から、千珠の白く滑らかな肌が露わになり、冷えた空気にふるりと震える。  ただじっと見つめられているという状況に、千珠は気恥ずかしくなり少し俯いた。舜海はじっと千珠の裸体を見つめて、自らの膝の上にある千珠の太腿に手を添えた。 「きれいやな、お前は」 「……毎回毎回、言わなくていい。そんなこと……」 「言いたいんや、お前は、本当にきれいやから」  そう呟きながら、舜海の指先が上半身を滑る。しなやかな筋肉に覆われた引き締まった白い肢体を、愛でるように。 「あんっ……は……あっ」  強く抱き寄せられ、胸の敏感な突起を口に含まれる。もう片方の手は、触れるか触れないかの絶妙な力加減で、内腿を撫でている 「っ……あ……!待って……」 「こんなお前見て、待てるわけないやろ」  後の窄まりをくるくると指で撫でられるだけで、びくんと身体が反応してしまう。熱く疼き出す。どこもかしこも、舜海に触れられたいと。 「俺の指、しゃぶれ」 「え……?」 「ええから、ほら……」 「ん……」  差し出されるままに、顔の前にある舜海の指に唇を寄せた。中指を口に含み、舌を絡みつかせながら丁寧に舐めて。口の中に差し込まれる人差し指にも、同様に濡れた音を立てながら愛撫を加えてゆくと、穏やかだった舜海の目にも、ちらちらと猛った雄の火が灯る。  唾液でぬらぬらと濡れた指を突然口から抜かれ、千珠の唇から唾液が糸を引く。  そのまま舜海に唇を塞がれ、同時に後孔に、激しい異物感を感じた。 「んんっ……う、んっ……!」 「千珠……お前の顔、よう見せてくれ。お願いやから、目を逸らすな」 「あっ!ん……く……っ!」 「痛いんか?力抜け、千珠」 「舜……待って……」 「待たれへん……早う、したい。挿れたい、早く……」 「あっ……あっ……!」 「千珠……早く、入りたい。お前の中に」 「あ、あ……!やぁっ……」 「その声、たまらへん。もっと、聞かせてくれ。なぁ、千珠……お前の声、忘れたくないねん、だから、もっと……!」 「ひ、あっ……!まって……まって、お前で、いきたい。指は嫌だよ……っ」  今、欲しい。  舜海の、熱に、穿たれたい。  ぐちゃぐちゃになるまで、意識がなくなるほどの快感を、与えて欲しい。  もう限界だった。前も後ろもとろとろに蕩けそうで、熱くて熱くてたまらない。 「舜海……早く……欲しい、挿れて……」 「可愛いやつ」  舜海は千珠を抱き寄せて腰を上げさせると、後孔にそそり勃つ根をあてがった。千珠の目がうるりと揺れて、急くように呼吸が早まる。 「ゆっくり、腰落として……そう、ゆっくり……」 「あ……う……うっ!」 「痛くないか……?めちゃ、きつい……力抜け、千珠」 「しゅん……あ、はっ……ぁん!」  たまらない、この熱さ。  内壁を擦る、肉の圧力。  流れ込む、舜海の滾る霊気。 「あ……んっ……んっ……」 「千珠……ええ顔や、もっと見せてくれ、俺を……見て」 「舜海……あ、ん!っ……!」 「自分で動いて……可愛いやつ。欲しいんやな、もっともっと……」  快感を求めて、もっともっと、舜海に奥まで入って欲しくて、腰が勝手に動いてしまう。肘で引っ掛かったままの着物が、二人の繋がり合う部分を覆って揺れている。  座位のまま胸を吸われ、前をも擦られ、気持ちよくて仕方がなかった。千珠は狂ったように舜海を貪り、何度も絶頂へと昇りつめ、舜海の体液を吸い尽くす。  気づけば舜海に組み敷かれ、脚を開かせられて更に奥まで突き上げられた。抑えることもしない千珠の甘く高い声が漏れる度、舜海は更に猛ったように千珠を穿った。  まるで本能のまま相手を貪る、獣のように。  何度目かの熱い体液を身体の中に感じながら、千珠はひたすらに舜海に縋り付く。 「千珠……」 「……んっ、はっ……抜かないで……くれ、もう少し、このままで、いたいよ……」 「ん……」  互いに精を吐き出し、ぐったりと脱力した身体を重ねる。千珠は舜海の肩口に顔を埋め、その匂いを吸い込んだ。  こいつの匂いが、好きだ。この太陽のような匂いが。  いつもこの匂いに包まれて、安堵していた。  この体温に、救われていた。  離れたくない……でも、甘え続けるわけには、いかない。 「舜海……ありがと、な。今まで……」 「はぁ?お前の口から礼なんて、気色悪いわ。明日は槍が降るんちゃうか」 「五月蝿い、黙れ」 「ははっ、それに、永遠の別れじゃないねんから、そんな改まるなよ」 「うん……」 「青葉を、頼んだぞ」 「……ふん。お前がいなくたって、俺がいればこの国は安泰だ」 「おーおー、また可愛げのないことを。さっきまでの殊勝な姿はどこ行ってん」 「五月蝿い」  舜海は気持ちよく笑い、千珠の頭を撫でながら抱き締める。ぎゅっとその身を抱き返しながら、千珠はまた、はらはらと涙を流した。 「泣き虫め」 「……五月蝿い。黙れ。馬鹿」 「はいはい。ほんまに可愛いな、お前」 「……薄気味悪いことを言うな」 「はははっ、またそれか」 「……馬鹿」 「へいへい」   二人は身体を絡ませて、互いの存在を確かめ合う。  廃寺の外では、静かに静かに、音もなく、粉雪が降り始めていた。  辺りを白く、覆っていく。

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