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終話 旅立ち
見送りには行かないと言っていた千珠は、宣言通り、現れなかった。
光政と宇月、忍衆に見送られ、舜海は城の入口に一人立つ。
「ほんなら、いってきますわ」
舜海の明るい笑顔に、皆笑顔を見せて応じた。
「さぼるなよ、お前は昔から目離すとすぐに気を抜くからな」
と、光政。
「そんなことしませんて。それがきの頃の話やろ」
「二年か。幼い頃からずっと、お前は俺のすぐそばにいたことを思うと、ちょっと寂しい気もするな」
「殿、ご冗談を。ほんまはせいせいしてるんやろ」
「その通りだ」
光政と舜海のやり取りに、回りから笑いが起こる。二人は主従であると同時に、幼馴染でもあるのだ。
「お身体に気をつけてくださいませ、舜海さま」
と、宇月。舜海は頷くと、宇月と柊を見やる。
「千珠のこと、頼んだで」
二人は目を見合わせて、頷いた。
「千珠さまはどこに?」
柊の部下である竜胆 が、あちこちを見回している。そういえば……と周りの忍達もあたりを見回し始めた。
「ええねん、あいつは。集団行動できひんやつやねんから」
「まぁ、確かに……」
竜胆は納得した様子である。
舜海は、皆に笑顔を見せると、ひらりと馬に跨がった。
「ほな、行ってくるわ」
手を上げ、くるりと馬の向きを変えて、舜海は城門を出てゆく。
「いってらっしゃいませ!」
「お気をつけて!」
遠くなる、聞き慣れた仲間たちの声を聞きながら、舜海は晴れ渡った空を仰ぎ、馬を駆った。
ここをこんな風に一人で後にすることなど、初めてのことだ。だが心許なくはない。自分はこれから、強くなるために、青葉の確固たる守りとなる為に、都へゆくのだから。
そう、そしてかけがえのない存在である、千珠のために。
城下町を過ぎた辺りで、ふと、舜海は後ろを振り返った。
青空にくっきりと浮かび上がり、そびえ立つ三津國城。その天守閣の上に、誰かが立っている。
既にその姿は小さく、影のようにしか見えなかった。しかし、舜海にはそれが誰なのか分かっていた。
きら、きらと風にたなびく長い銀髪と、赤い耳飾りが太陽に反射して煌めいている。
千珠は天守閣の真上に立ち、舜海を見下ろしている。
「あいつ、あんなとこで……」
それに気づいた舜海は、唇に笑みを浮かべながら大きく手を挙げる。
そしてそのまま馬を駆り、走り去っていった。
どんどん小さくなっていく舜海の背中を目で追いながら、風に靡いて顔にかかる髪を、千珠はそっと手で押さえる。
舜海の声と笑顔を思い出し、いつまでも、いつまでも、見送りながら。
異聞白鬼譚【四】—魔境への誘 い— ・ 終
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