130 / 340

終話 旅立ち

 見送りには行かないと言っていた千珠は、宣言通り、現れなかった。  光政と宇月、忍衆に見送られ、舜海は城の入口に一人立つ。 「ほんなら、いってきますわ」  舜海の明るい笑顔に、皆笑顔を見せて応じた。 「さぼるなよ、お前は昔から目離すとすぐに気を抜くからな」 と、光政。 「そんなことしませんて。それがきの頃の話やろ」 「二年か。幼い頃からずっと、お前は俺のすぐそばにいたことを思うと、ちょっと寂しい気もするな」 「殿、ご冗談を。ほんまはせいせいしてるんやろ」 「その通りだ」  光政と舜海のやり取りに、回りから笑いが起こる。二人は主従であると同時に、幼馴染でもあるのだ。 「お身体に気をつけてくださいませ、舜海さま」 と、宇月。舜海は頷くと、宇月と柊を見やる。 「千珠のこと、頼んだで」  二人は目を見合わせて、頷いた。 「千珠さまはどこに?」  柊の部下である竜胆(りんどう)が、あちこちを見回している。そういえば……と周りの忍達もあたりを見回し始めた。 「ええねん、あいつは。集団行動できひんやつやねんから」 「まぁ、確かに……」  竜胆は納得した様子である。  舜海は、皆に笑顔を見せると、ひらりと馬に跨がった。 「ほな、行ってくるわ」  手を上げ、くるりと馬の向きを変えて、舜海は城門を出てゆく。 「いってらっしゃいませ!」 「お気をつけて!」  遠くなる、聞き慣れた仲間たちの声を聞きながら、舜海は晴れ渡った空を仰ぎ、馬を駆った。  ここをこんな風に一人で後にすることなど、初めてのことだ。だが心許なくはない。自分はこれから、強くなるために、青葉の確固たる守りとなる為に、都へゆくのだから。  そう、そしてかけがえのない存在である、千珠のために。  城下町を過ぎた辺りで、ふと、舜海は後ろを振り返った。  青空にくっきりと浮かび上がり、そびえ立つ三津國城。その天守閣の上に、誰かが立っている。  既にその姿は小さく、影のようにしか見えなかった。しかし、舜海にはそれが誰なのか分かっていた。  きら、きらと風にたなびく長い銀髪と、赤い耳飾りが太陽に反射して煌めいている。  千珠は天守閣の真上に立ち、舜海を見下ろしている。 「あいつ、あんなとこで……」  それに気づいた舜海は、唇に笑みを浮かべながら大きく手を挙げる。  そしてそのまま馬を駆り、走り去っていった。  どんどん小さくなっていく舜海の背中を目で追いながら、風に靡いて顔にかかる髪を、千珠はそっと手で押さえる。  舜海の声と笑顔を思い出し、いつまでも、いつまでも、見送りながら。   異聞白鬼譚【四】—魔境への(いざな)い— ・ 終

ともだちにシェアしよう!