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十五、攻撃法

「宇月、着いてたのか。遅かったな」  柊に首根っこをつままれて屋敷へと戻った千珠は、遅れて到着した宇月と山吹を見て、少し声を明るくした。霊的なものへの知識が多く、頭の良い宇月がいるだけで、何だかとても心強くなったように感じたのだ。  宇月は三つ指をついて、皆に深々と挨拶をした。 「申し訳ありません。道中業平さまと合流致しまして、色々と知恵を貸してもらっていたでござんす」  宇月はそう言うと、隣に座る師匠・業平を振り仰いだ。業平は相変わらず、爽やかに微笑んでいる。 「陰陽寮にも、今回の事件のことは伝わっていてね。我々はこういう事件が専門なもので」 「本当に心強いことです。あともう一人、皆に紹介しなあかん仲間がいるのですが」  柊がそう言うやいなや、ぱっと豪快に障子が左右に大きく開かれ、見たことのない装束に身を包んだ女がいた。黒にも近い濃紅(こいくれない)の忍装束に見を包んだ、すらりと背の高いくノ一である。  着物の裾は短く、日に焼けた太腿は顕になっており、目の置きどころに困ってしまうような露出の高さ。頭巾と口布、そして脛当と足袋は黒で統一されているものの、なんとも派手な忍装束である。 「奇天烈(きてれつ)な格好をした女だな、誰だ。怪しい奴め」 と、千珠は明らかにくノ一を警戒した目つきでそう尋ねた。 「伊予に放っていた間者や。……俺の姉だ」 「え、姉!?」  その女はゆっくりと頭巾を外して、赤く紅を引いた唇をつり上げて微笑んだ。まるで柊をそのまま女にしたような風貌である。 「どうも、柊の姉の椿です。よろしゅう」 「し、刺激的な忍装束ですね……」  竜胆はその派手な衣装から覗く、椿の太腿に釘付けだ。千珠は竜胆を無視して、柊と椿を見比べ視線を動かす。 「お前、兄弟いたんだな」 「椿は間者専門やから、ほとんど青葉にはいいひんからな、紹介が遅れた。千珠さまと竜胆や」 「へぇ、あんたがあの千珠さまねぇ」  椿は目を輝かせると、千珠につかつかと歩み寄り、指を引っ掛けてぱっと千珠の口布を下ろした。そして、まじまじとその顔に見入る。 「噂通りやねぇ、めちゃめちゃ男前やなぁ」 「それはどうも……」  押しの強い椿を尚も警戒している千珠はささっと身を引くが、椿はじろじろと千珠を観察し、ぺたぺたと体に触る。 「意外と華奢やな。うーん、まぁでも良い筋肉かな……」 「や、やめろよ!」  千珠はうるさそうに手を振り回すと、椿から離れて竜胆の後ろに飛びすさる。椿は赤い唇を大きく開けて笑うと「身軽やねぇ、かーわいい」と言った。 「か、かわいい……?」  千珠は渋い顔をして柊を見た。柊は苦笑する。 「まぁ、そういうことは後にして。伊予の話を聞こう」と、皆に座るように促した。  椿の話はこうだ。  新たに伊予守を名乗っている男は、手柄を立てた者には法外な恩賞を出すと振れ回っては着々と兵力を拡大し、安芸を落とす手筈を整えているらしい。  伊予は国土も広く、物資は豊富である。人民の心を煽れば、それなりの力が集まるだろう。  椿はそう話すと、腕を組んで目を閉じ、こう付け加えた。 「今夜も、海神を使うように指令が出てる。何とか私も、姫を奪還する方法がないかと探ってみたんやけど、新しい伊予守は、美雁姫が幽閉されている場所を、わざわざ他国から忍まで雇って見張らせててな、なかなか手を出せへん状況やねん」 「僕らがしゃしゃり出ていいもんなんですかね」 と、竜胆は(まつりごと)にまつわることを気にしているようだ。 「殿からの文によれば、安芸は同盟国だから、力を貸してやって欲しいとのことだ」  柊がそう言うと、竜胆は得たりとばかりに頷いた。 「お隣の周防には留衣さまもいるしね」 と、椿が確認する。 「ほんならまぁ……姫の奪還と、海神の制止。これが今回の仕事やな」 と、柊は腕組みをしてそう言った。 「海神に伊予を襲わせて、その混乱に乗じて姫を連れ帰れないかな」  千珠はそう言うと、柊を見た。 「俺が伊予の方へ引き付ければ、海沿いの砦くらいは破壊できるんじゃないか」  柊は顎に手を当てて、床に広げた地図を見下ろしを、何かを考えている様子であった。 「でも、千珠さまでも歯が立たへんかったやろ?海の上じゃ、足場がないから千珠さまの脚も生かせへんし」 「足場、かぁ……」  千珠も腕組みをして、昨日の事を思い返した。  舟の破片を辿って、戦うことはできるかもしれない。でも、あれだけの力を持った龍を相手に、足元を気にしながらは到底戦えない。しかも、海神が現れるのは決まって夜であるため、もっと条件は悪くなる。 「それなら、何とかできるかもしれないでござんす」  そこで宇月が声を上げた。 「要は足場と、海神に太刀打ち出来るような武器があればいいわけでござんすな」 「まぁ、簡単に言えばな」 と、柊。  業平と宇月は、目を見合わせて微笑む。 「とある結界術を使って、海の表面を歩けるようにできるでござんす。千珠さまの足場くらいにはなるでしょう」 「え、そんなことができるのか?」 と、千珠。 「ええ、可能ですよ。そして、神の力を抑えるための術を施した、(つるぎ)を用意して参りました」  業平はそう言って、身の脇に置いていた刀袋を取り上げると、そっとその紐を解いた。朝廷の紋が描かれた濃紫の布の中から、黒鉄(くろがね)色の柄だけを皆に見せ、微笑む。 「草薙(くさなぎ)(つるぎ)。かつて八岐大蛇(ヤマタノオロチ)須佐之男尊(スサノオノミコト)に退治された時、その尻尾から産まれた剣と言われている、あの神剣です」 「えっ、本物!?」 と、竜胆が身を乗り出す。 「陰陽師衆にはそう伝わってはいるが、多分複製された一つだと思いますよ。しかし、力はある。これは荒ぶる神を抑える時に使用するもので、持つ者の力を増幅させる術式の施された神剣なのです」 「へぇ……」  皆が感心したように剣に魅入っている中、業平は千珠を見た。 「神には神の剣でしか対抗できない。千珠さまの宝刀では、とても太刀打ちできないでしょう」 「……それは昨日実感した」 と、千珠は肩をすくめた。 「海神鎮圧の方は、我々が援護します。その間に、どうぞ城を落として下さいませ」  業平は自信たっぷりの笑みを浮かべ、力強くそう言った。

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