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十九、海神、召喚

 夕焼けが、真っ赤な鳥居を溶かすように光り輝いている。その光を受ける全ての物を、血のような赤に染めて。  どぉん、どぉん……。  神事の始まりを告げる大太鼓の音が、低く島中に響き渡る。  ざわざわと、冬の冷たい風が海から山へと駆け抜け、そこにいる人間たちの袖を翻す。  海にせり出した高舞台の四つ角に、松明の炎が灯された。ぱちぱちと、木の爆ぜる音がする。  能舞台の中心には、艶やかな装束に身を纏った緋凪が正座をして目を閉じている。  襟は金糸で描かれた唐草模様の浮かび上がる 、鮮やかな唐紅。裾を引きずるたっぷりとした繻子の白い長羽織。同じ唐紅色の長袴に、白い単を身に纏っている。  長い黒髪は全て一纏めにきつく結い上げ、額に巻き付くような黄金色の細い冠を戴く。鮮血のような紅色で、目元と唇を彩る。  これから神に向かう緋凪の姿は、凍てつく冬の空気よりも冴え冴えとして、神々しく美しい。  どぉん……。どぉん……。  太鼓の音が止み、緋凪はゆっくりと目を開いた。  表情のない美しい顔が、沈みゆく夕日の色に染まっている。  年配の宮司が、祝詞を奏上し始めた。  緋凪は胸の前で手を合わせ、紅く染まる海を見つめる。  ❀    千珠たちは、すでに伊予に渡っていた。  柊を筆頭に、椿・山吹と、援護にやってきた左雨(ささめ)と朝飛という忍を加えて、美雁姫奪還のための小隊を編成した。城では十中八九戦闘になることが予想されたため、五人一隊で向かうこととしたのだ。  そして、千珠・竜胆・宇月・業平は海神と対峙する。  今宵、海神を誘い込むのは、伊予国の東の沖だ。そして、業平が呼び寄せた陰陽師衆たちにより、東の沖に浮かぶ小島・睦月島から、例の結界術を成すのである。  宇月と業平は伊予の海岸から、舜海の加わる陰陽師衆は睦月島の西から術を成す。つまり、伊予の沖全ての海面を凍らせて千珠の足場とする。  緋凪が意識を失う前に、指定された場所へ海神を出現させる。  今までも伊予守が望む場所へ海神を召喚するのが常であったが、今回はその指令に従わない。  今夜は千珠らの立てた作戦のとおり、伊予の沖へ。  ❀    緋凪の周りに、静かに風が渦巻き始めた。  目を閉じていた目を開けると、膝の前に置いた神剣に手を伸ばし、両手をその上に置く。  闇に染まり始めた空から、緋凪の頭上にだけぼんやりと光りが差し込む。それは次第に強さを増し、音の無い落雷があたりを揺るがすかのように、高舞台を閃光の渦が包み込んだ。  緋凪はかっと目を見開いて、空を仰ぐ。  空から降り注いだ光全てを受け止めた緋凪の身体が、内側から白く発光しているように眩く輝いた。  漆黒だった緋凪の瞳が金色を帯び、薄く開いた唇に、微かに笑みが浮かんだ。  海神の、降臨である。

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