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二十、いざ

 千珠は、厳島の上空に伸びる白い光の筋を見た。  千珠と竜胆は、ちょうど睦月島と伊代との中程にある無人島にいた。島といっても、ごつごつとした大岩がいくつかそこにあるだけの場所だ。  竜胆は何かを嗅ぎとった千珠の様子に気づくと、空に向けて小さな煙玉を思いきり放り投げる。煙玉は空高く昇ると、ぽん、ぽんと小さな火と白煙を吹いて消えた。  それが、陰陽師たちへの合図だ。 「来ますね」 「ああ」  千珠の背には、業平から渡された草薙の剣があった。神封じを行うときに使われる、特別な術を施された神剣だ。  千珠は妖力を解放するために手首の数珠を外し、それを懐にしまい込む。そして空を仰ぎ、満ち始めた白い月を見上げて、深く息をした。  その身体から、風が生まれる。千珠の妖力が、高まってゆく。  ずしりと重い草薙の剣を、背負った鞘からゆっくりと引き抜いてみる。切れ味など無いに等しいような、錆び付いた古めかしい鉄の剣。その刀身にはずらりと一列、怪しげな文字が刻まれている。  千珠が柄を強く握り締めると、鍔元から徐々に刀身が光輝き始めた。見る間に切っ先まで光を帯びたその剣は、まるで千珠の体の一部になったかのように、どくん、どくんと鼓動し始める。 「光ってる……」  竜胆の呟きに、千珠は頷いた。 「……何だろう、力が増幅されていくのを感じる。これなら、海神を抑えて伊予に仕掛けられる」 「すっげぇ!よーし、がんばってくださいよぉ、千珠さま!」 「お前は毎回物言いが軽いな。気が抜ける」  千珠は呆れたようにそう言って、竜胆を見た。竜胆はあっけらかんと笑いながら、軽く千珠の背を叩いて明るい声を出す。 「俺は、千珠さまの力を信じてますからね!」  千珠は気が抜けたように眉を下げて微笑すると、再び伊予の方角を見遣り、張りのある声でこう言った。 「当然だ」  ❀ 「来た」  業平はそう言うと、うっすら浮かべていた笑みを引っ込める。隣に控える宇月を見遣り、深く頷いた。  宇月も表情を引き締めると、業平に従ってざぶざぶと浅瀬を進む。  一定の動きで寄せては引いていく波に裾を洗われながら、業平は昼間千珠に見せた札を取り出し、波の上に置いた。宇月も同様の行動をして、二人同時に印を結ぶ。 「結界術・氷晶牢、急急如律令!」  二人で息を合わせてそう唱えると、波の上に両手を置く。そこからみるまに砂浜から沖の方まで、ぱきぱきと音を立てながら分厚い氷が張り始めた。    ❀  それと同じ頃、長く続く砂浜に陰陽師たちがずらりと十人並び立ち、時を待っていた。  空に浮かんだ小さな花火を認めた睦月島の陰陽師たちは、懐から札を取り出し、中心に立つ詠子の合図で皆が水に入っていく。冬の海は、凍てつくように冷たい。  皆が同時に札を浮かべて印を結ぶと、詠子は隣にいる舜海に小声で発破をかけた。 「馬鹿力を出せよ」 「分かってる」  舜海はそう言い,にぃと勝ち気に笑った。 「結界術・氷晶牢、急急如律令!」  陰陽師たちが声を揃えて詠唱すると、睦月島からも分厚い氷が張り始めた。ぴきぴき……と見る間にそれは沖へと進み、白く凍てつく海を大地へと変化(へんげ)させるが如く、その風景を一変させる。  舜海は集中して霊力を注ぎ続けた。他の者よりも霊力の強い舜海の成した術が、仲間たちの術をぐいくいと引っ張って沖へと誘う。  その時、突如海の真中に水柱が爆発するのが見えた。

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