185 / 341
二十五、佐為、捕縛
佐為が千珠の宝刀に触れた途端、その手を拒むかのように、刀の柄がばちっと激しい音を立てた。
「……っ!」
まるで小さな落雷のようなものを受けた佐為は、すぐさま手を離した。軽い火傷のような傷を呈した自分の手を見下ろすと、ふっと笑う。
「ふん……こうなるわけか」
「触るな」
千珠が瞬きをすると、瞳孔が獣のように縦に裂けた。そして、どろどろと血が混じっていくように、その目が紅く変化していく。
千珠が拳を握り締めると、更に強い妖気がその身体から迸り、佐為の術を弾き飛ばした。佐為は身軽に飛び退り、竹林を背にして膝をつく。
青白く燃え上がるような妖気を纏いながら、千珠の目だけが赤くぎらぎらと輝き、佐為をまっすぐに捉えている。
その圧倒的な妖力を前に、しばし呆然とした表情をしていた佐為であったが、じわじわとその顔には笑みが浮かび上がってゆく。
「くくく……はははは」
「何がおかしい。これから死ぬお前が、何故笑う」
千珠は、宝刀の切っ先をぴたりと佐為へと向けた。佐為は吊り上がった目をすっと開くと、唇を歪める。
「素晴らしい……あなたの本気の妖気。なんと……美しい」
「黙れ。お前は殺す」
「いやいや、それはやめておいたほうが良いでしょう。結界は解きます」
佐為が空を仰ぐと、玉虫色に揺れていた空がぱちんと音を立てて弾け、ただの星空へと変化した。薄ぼんやり光って見えた鳥居も、ただの朽ちかけた古い鳥居に戻る。
千珠は術を解く佐為の行動を見据えながらも、力は抑えなかった。暗闇の中、二人の視線がぶつかり合う。
「千珠!どこや!」
「千珠さま!」
自分の名前を呼ぶ声に、千珠はぴくりと反応した。石畳の上を駆けてくる足音と、人の気配。
敵が迫っているというのに佐為は焦る様子もなく、むしろ薄ら笑いを浮かべている。
千珠は一瞬で間合いを詰めると、御神木らしき大樹に、肘で佐為の首を押し付ける。
「ぐっ……!」
鈍い音がして、背中と後頭部をしたたかに打ち付けた佐為は、身体を半分に折って千珠の方に倒れかかった。
千珠はこれ以上、佐為が印を結ぶことができないように、両手をねじり上げて樹木に縫い付けた。余裕を見せていた佐為の顔が苦痛に歪み、口の端から一筋、血が流れる。千珠の手に握られた佐為の手首の骨が、みしみしと悲鳴を上げている。
「小狡いやつだ。己の仲間を簡単に殺すなど」
千珠は冷ややかに佐為を見下ろすと、痛みに顔をしかながらも尚、佐為は千珠をひたと見上げている。
「……本当に美しいね、君は」
「黙っていろ。お前は陰陽寮に連れていく」
「それは本望だね」
「何言ってる。気でも触れたか」
とそこへ舜海と柊が数人の陰陽師を連れて駆けつけてきた。
「千珠さま!無事か?」
柊が心配そうに千珠を気遣う。佐為の身柄を陰陽師たちに預けると、千珠は宝刀を仕舞い込んで数珠を手首に巻きつけ、目を閉じた。
渦巻いていた強力な妖気が、鎮まってゆく。千珠が何度か瞬きをして目を開くと、それはいつもの琥珀色に戻っていた。
「こいつ……猿之助の手下か?」
抑えこまれている佐為を見下ろして、舜海がそう言った。そして、転がっている死体を見遣る。
「千珠、何があったんや。風春もあっちに転がっとったし」
「その男は、そいつが殺った。訳が分らない」
千珠は首を振り振り佐為を見下ろす。縄で縛り上げられた佐為は、むしろどこか安堵しているような表情であった。
「取り敢えず、連れて行こう」
舜海が頷くと、二人の陰陽師が佐為を引き立てて歩き出し、更に保臣の遺体をもう二人がかりで抱えると、皆で土御門邸の方へと戻って行った。
「お前は大丈夫か?」
陰陽師たちがいなくなると、舜海は千珠の肩に触れてその顔を覗き込んだ。千珠は頷く。
「ああ。どうもない……。しかし、こんな結界にはまるなんて」
「まぁ何にせよ、無事で良かった。しかし、何で仲間割れなんか」
「俺達も戻りましょう。なんか気味悪いわ、ここ」
柊は夜だというのに響き渡る鴉の声を嫌がり、二人を促した。千珠も急に薄ら寒さを感じ、両手で自分の身体をさすった。
「なんか寒いな」
「またか。寒がりなとこは治ってへんねやな」
舜海は巻いていた襟巻きを千珠の首に巻いてやると、つかつかと先に立って歩き出した。舜海のぬくもりに、ほっとする。
三人は足早に、その場所を後にした。
ともだちにシェアしよう!