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三十一、来訪者

 柊と共に町へ見廻りに出ていた舜海は、土御門邸がえらく騒がしいことに気が付いた。手近にいた若い男を呼び止めて何事かと問うと、 「業平様がついに、佐々木衆討伐の命を発せられたのです。それに備えて、武具や呪具の準備をしています」と、せかせかした口調でそう答えた。 「そうか」  舜海と柊は目を見合わせ、急ぎ業平の元へと向かう。いつもは静かな業平の部屋も、今日は出入りが激しい様子だった。  業平は舜海たちを見ると、何やら書付を見せながら打ち合わせをしていた陰陽師達との話を切り上げ、二人に座るように言った。 「待っていたよ」 「えらい急ですね。どうしはったんですか」 「動きがあった。見張りからの伝令だ」 「千珠は?」 「千珠さまは、私の考えに同意してくれている。彼を夜顔にぶつけるよ」  業平は顔を上げ、微笑む。 「……納得してるんですか?」  そんな柊の問に、業平はしっかりと頷く。 「ああ。今、佐為と策を練っているはずだ」  二人は目を見合わせた。一体どういう気持ちで、この指令を受けたのだろうかと、気になった。 「あと、お二人があまりに連絡を寄越さないので、心配なされた光政殿から届けられたものがある」 「あっ。文を出すのを忘れとった……」  柊は、忘れていた自分を戒めるように額を叩く。 「大丈夫でござんす。文は先ほど私がお送りいたしましたので」  不意に、下の方から懐かしい声がした。 「お久しぶりでござんす、舜海さま」  にっこり微笑む宇月が、そこにちょこんと立っていた。  ❀ 「土御門邸、やはり落ち着くでござんすなぁ」  宇月はしみじみとした様子で辺りを見回しながら、そこにある空気を懐かしむように深呼吸している。 「宇月、お前相変わらず小さいな」 「この歳では、もう背は伸びないでござんすよ」  舜海のつまらぬ台詞にも笑顔で応じる宇月は、髪を結い上げた舜海の顔を珍しげに見上げている。 「舜海さまは、随分とすっきりなされましたね」 「そうか?髪結っただけやで」  さっき柊に聞いたばかりの話が、ちらりちらりと頭の中を巡る。そのせいか、久方振りに見る宇月は、何だか少しきれいになったように見えた。  しかし千珠と舜海の関係についてよく知るはずなのに、宇月の顔には一欠片の屈託もなく、昔と何ら変わらない。  ――柊の言うように、宇月には千珠の気持ちは伝わってへんてことか。  そんなことを考えてから、舜海は苛ついた。なんと女々しい考えをしているのかと、自分が嫌になってしまう。  気を取り直して、舜海は宇月に笑顔を見せた。 「遠かったやろ、すまんかったな」 「ええまぁ。しかし山吹さまに同行していただいておりましたから」 「おお、山吹もおるんか。懐かしいな」  客間では、山吹が座って待っていた。柊と揃いの忍装束を、すでにきりりと着込んでいる。 「おう、山吹。久しぶり」  舜海が笑顔でそう声をかけると、山吹はゆっくりと顔を上げて舜海を見上げた。その顔が、みるみる赤く染まっていき、表情が緩む。 「……お久しぶり」 「お前、顔赤いやないか。長旅で疲れたんか?」 「……いえ別に」 「相変わらず無愛想やな」 「……ほっといて下さい」 「まぁ、よう来たな。俺も心強いわ」 「……」  舜海の親し気な笑顔を見て、山吹の顔はいよいよ赤くなった。山吹は目を逸らすと、口布を上げて顔をほとんど隠してしまう。  宇月はそんな二人を見ながら笑みを浮かべていた。 「……山吹、そうやったんか」 と、柊は目をきらんと光らせて、顎に手をやった。 「お淋しそうだったでござんす、ずっと」 と、宇月が柊を見上げる。 「全く気づかへんかった」 「こういうことは、女同士でなければ分からないでござんすよ」 「まぁええ。……もう業平殿に話は聞いたんか?」 「ええ。私にお手伝いが出来ることがあれば、何でも」 「こういう事件やし、俺よりずっと宇月のほうが戦力になるやろ」  柊は宇月の肩をぼんと叩いて、そう言った。 「陰陽師同士のやり合いや。霊力のない忍の俺らには出番がないわ」 「そんなことないでござんすよ。しっかり働いてもらうと、業平さまもおっしゃっていたでござんす」 「……そうか」 「千珠さまは、今回は色々と思い悩まれたようでござんすな」 「そうやな。朝から会うてへんから、業平殿と話してどう決断したんかはまだ知らへんけど……」  柊のその言葉に、舜海は二人を振り返った。 「そういえば、姿がないなぁ。佐為に妙なことされてへんやろな」  舜海は佐為の思わせぶりな妖しい目つきを思い出し、眉を寄せる。 「妙なことってどんなことだい?」  当の佐為の声がして、庭に向いた障子がすっと開いた。 「わぁ、佐為。お久しぶりでござんす」  宇月は懐かしそうにそう言い、佐為に歩み寄った。佐為も宇月に気づくと、表情を明るくする。 「うわぁ、宇月!何年ぶりかな」 「お懐かしい。二、三年ぶりでござんすな」  佐為は舜海たちには見せたこともないような砕けた笑顔を見せて、嬉しそうに宇月の手を取っている。古巣で昔の仲間に出会えた宇月も、とても嬉しそうだった。 「佐為?なんか騒がしいな、誰かいるのか?」  静かな足音がして、今度は千珠が客間を覗き込む。思いの外大勢の人間がいることに驚いた様子の千珠だったが、宇月の姿を認めると、目に見えて表情が輝いた。  舜海はそんな千珠の表情の変化に、驚いて目を見張ってしまう。 「宇月……」 「千珠さま、ご苦労様でござんす」  千珠は早足に宇月に近寄ると、殊更明るい笑顔を見せた。そしてふと、嬉しそうにしたことを恥じるようにぶっきらぼうな口調になる。 「な、なんだよお前、今回は来ないんじゃなかったのかよ」  しかし宇月は、いつものようににっこりと笑う。 「光政殿から、お二人を手助けするようにと遣わされたのでござんす」 「ふうん、殿が。別にいいのに」 「聞けば既に一度、敗退なされているとか……」 「ま、負けてなんかないぞ!」  宇月の残念そうな声に、千珠はむきになってそう言った。そして皆が自分を見ていることに気づくと、顔を赤らめて目を逸らす。 「……皆して、何見てんだよ。やめろよ、こっち見るな」 「千珠って、意外と分かりやすいんだね」  佐為が淡々とそう言った。 「何が?」 「別に」 と、佐為は笑いを噛み殺したような顔であさってを見やる。    楽しげな空気の中、舜海はひとり、表情を硬くしていた。

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