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四十、繋がり合う手と手

 藤之助は、佐為と共に夜顔を待っていた。  ついさっき猿之助たちと共に立っていた、糺の森の前に。  猿之助の最後については、佐為から全てを聞いた。 「業平に、か。いいんだ、それで……良かった」 と、藤之助は安堵したように微笑んだ。佐為もその表情と言葉にほっとする。 「きっと、業平様は藤之助様のお気持ちを慮って、悔いておられると思いますので……」 「なぁに、そんな必要はないと伝えてくれ。あいつはいい長になる」 「はい」  佐為は微笑んだ。藤之助は、徐々に収まりつつある霧の中をじっと見つめた。  夜顔の姿を待っているのだ。  ふと、佐為はぴくりと鼻を動かした。じっと目を凝らすと、二頭の馬がこちらにかけてくるのが見える。 「藤之助様」 「ああ」  馬影はみるみる大きくなり、舜海と千珠が現れた。夜顔は舜海の前に乗せられているのだが、藤之助の顔を見るやいなや、急いで降りようと脚をばたつかせている。 「分かった分かった!下ろしてやるから大人しゅうせんかい!」  舜海はぶっきらぼうにそう言うと、夜顔を抱え上げ、藤之助の元へ下ろしてやる。  藤之助は心から安堵したような、そして真に嬉しそうな笑顔を浮かべて、夜顔をしっかりと抱きとめた。 「……夜顔!!」  藤之助に抱きかかえられた夜顔は、しっかとその手で藤之助にしがみつく。 「とうの、すけ」 「良かった……!ありがとうございます……!本当に……!本当に……!」  藤之助は涙を流しながら、夜顔に頬ずりをした。その姿は、本当の親子のようだった。千珠は馬からふらふらと降りると、藤之助に歩み寄る。  藤之助は千珠に向かって、更に何度も頭を下げた。 「あなたが千珠さま……ありがとう!本当に……!この子を助けてくださって、ありがとうございます!」 「いいえ……。俺が勝手にやったことです」  千珠は顔色が悪く、ひどく疲れて見えた。佐為はそんな千珠の様子を訝しむように小首を傾げている。 「早く、ここから去ってください。そして二度と、都には戻らぬように」 と、千珠は藤之助にそう言い渡した。 「この子を育て守っていくことが、あなたに与えられる(とが)だ。どうか夜顔を、頼みます」 「はい……!しかと!」  藤之助に抱きかかえられていた夜顔が、千珠の方に顔を向けた。千珠はそんな夜顔の頭を撫でると、近寄って額をくっつき合わせる。  二人は目を閉じ、まるで無言の会話をするように、しばらくじっとしていた。千珠はふっと口元を綻ばせ、夜顔の頬に触れた。そこに涙は、もう流れてはいなかった。 「……大きくなったら、また会おう」 「……」  夜顔は千珠の言葉に頷いた。千珠は夜顔を見て微笑むと、ぐしゃぐしゃとその黒い髪を撫でる。 「元気でな!」  こっくりと頷く夜顔。千珠は藤之助にも笑みを見せた。 「お元気で、藤之助殿」 「はい……皆様も!」  藤之助は夜顔を馬に乗せると、自分もひらりと跨った。そして三人に一礼をし、最後にしっかりと佐為を見つめる。  頷き合い、笑みを交わす。そして、そのまま勢い良く馬を駆り、藤之助はその場を去って行った。  夜の闇に紛れていく二人の姿を見送りながら、三人はそれぞれの想いを胸に抱えて、佇んでいた。  霧が晴れてゆく。  細い糸月と、輝く星空が空に蘇る。  都から、陰鬱とした空気が消えてゆく。  

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