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四十二、再興
土御門邸は、夜が明けるまで喪に服すようにひっそりとしていた。しかし空が白み始めると同時に、休んでいた陰陽師達が再び動き始める。
土御門邸の再建、そして捕えられた佐々木派の術者たちの取り調べ。土御門邸はわらわらと忙しげに立ち動く陰陽師たちでにわかに活気づき、普段以上の騒がしさである。
一晩明けて、業平はいつものようにきびきびと部下たちに指示を与えていた。
「業平様、そんなにいきなり動かれては」
と、佐為が現れて業平をたしなめる。
「なに、怪我らしい怪我はしていないからね。動いていたほうが、気が紛れるよ」
「そうですか」
「首尾よく、いったか?」
「はい。全て」
「そうか」
二人は短い会話を交わす。業平は縁側に立って晴れ渡った空を見上げた。
「それで、千珠さまは?」
「彼も、大した怪我をしていませんので、使いに出てもらいました。千瑛殿の元へ」
「ああ、そうか、ちょうどいいね」
「働かせ過ぎだと、怒られてしまいますかね」
「なぁに、そんなことはないさ」
佐為は意味有りげに笑う業平の顔を不思議そうに見上げると、肩をすくめて部屋を出ていった。
千瑛は、帝との謁見を済ませて出てきた千珠を、にこやかに迎え入れた。
二年ぶりにやって来た紫宸殿はすっかり美しく再興され、ちらほらと咲き始めた桜が心を和ませる。ただの瓦礫と土塊と化していた建礼門も承明門も、各々元の雅やかな姿を取り戻し、何事もなかったかのように澄まし顔をしていた。
御苑の中を進み、神祇省の置かれている建物の広間に通された千珠と舜海は、振舞われた熱い茶を飲みながら、平和な風景を眺めていた。
「いい顔をしているね、千珠」
千瑛はにっこり笑ってそう言った。千珠は胸のつかえが取れたような晴れ晴れとした表情で、涼やかに微笑む。
「はい。父上のおかげです」
「お前の力だよ。よくやった」
千瑛は千珠の頭を撫でたそうに手を上げたが、場所を弁 えてか、すぐに引っ込める。
千珠から事の顛末を聞いた千瑛は、何度も何度も頷いた。都にいる人間の中で藤之助と夜顔のことについて知るのは、これで業平と千瑛、そして佐為だけとなった。
「何かあれば、私が取り計らっておくよ」
「ありがとうございます」
「舜海殿にも、世話をかけたね。これでようやく青葉国に戻れるな」
「はい。ようやっと、この窮屈な装束が脱げますよ」
と、舜海はきちんと着込んだ陰陽師の黒装束をつまんで引っ張った。
「しかし、君はその髪型のほうが落ち着くね」
再び無造作にあちこちに毛先の跳ね上がった舜海の髪の毛を見ながら、千瑛はそう言った。
「それくらい砕けていたほうが親しみやすいかもしれないな」
「ですかね」
舜海はからからと笑った。千珠も、穏やかな笑みを浮かべて二人のやり取りを見ている。
「さて。君たちはいつ帰る予定だい?」
「俺はもう少し、土御門邸の再建を手伝ってから戻ろうと思っています」
と、千珠。
「おお、そうか!」
あからさまに嬉しそうな顔をする千瑛に、千珠は笑みを返す。
「それなら、また槐にも会ってやってくれ」
「はい。もちろん」
「舜海殿にも、もう稽古をつけてもらえないとなると、あいつも寂しがる」
「そうですかね。とてもそうとは思えへんけど」
「いや、槐もあんな態度だけれど、本当はしょっちゅう君のことを楽しげに話してくれるんだよ。ちょっと素直になれないだけだ」
「……そうですか」
「良かったじゃないか、師匠」
「やかましい」
千珠にからかわれ、舜海は少し顔を赤らめて咳払いをした。
再び穏やかに動き始めた時間とともに、春の訪れを知らせる緩やかな風が吹き始めていた。
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