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四十三、鈍感
二人が土御門邸に戻ると、いそいそと立ち働いている陰陽師たちが二人の姿を見つけて動きを止めた。
「おかえりなさい、舜海。そして千珠さま」
「毎度毎度お世話をかけて。ありがとうございます」
「もういっその事、こちらに鞍替えされてはどうですか?共に都を護ってまいりましょうよ」
と、皆が寛いだ表情で千珠に言葉をかけてくる。千珠はきょとんとしながら、そんな男たちを見ていた。
ついこの間までは、遠巻きに自分を見ていた陰陽師衆の者たちだったが、今回の一件を受けて千珠への警戒を解いた様子だ。
千珠は戸惑いながら、
「いいのですか、陰陽師が妖にそんなこと言って」と言う。
「なぁに、ここまでくれば我々は一蓮托生です。青葉で何かありましたら、我らはいつでも駆けつけますよ」
「ずっと都では、飽きてしまうものな」
と、千珠を取り囲んで楽しげに笑い合う陰陽師たちに、千珠の頬も緩む。舜海も嬉しそうだった。
「何さぼってる」
そこへ、冷ややかな詠子の声がぴしりと降り注ぐ。
詠子と千珠が目を合わせると、そこにまるで小さな雷が生まれるように空気がぴりぴりと張り詰めた。舜海はが額を押さえてげんなりしている。
「まだいたのか、千珠殿」
「ご挨拶だな。人がせっかく再建を手伝ってやろうと思っているのに」
「お前の手など借りるか。もう十分足りている」
「じゃあとっとと帰らせてもらうよ」
「そうしろ」
「まぁまぁ、詠子殿」
不機嫌に言い合う二人の間に、先ほどの男たちが割り込む。詠子はむっとした顔で、仲間たちを睨むと、ぷいとそっぽを向いた。
「千珠、お前もいい加減にせえ」
舜海に諌められ、千珠も不機嫌な顔で鼻を鳴らす。
「佐為からお前らのことは聞いた。夜顔を退けたことは感謝しよう。だが、遺体はどこへ行ったのだ」
もっとな疑問である。詠子はじろりと千珠を睨めつけながら、そんなことを尋ねてきた。千珠はぴくりと眉を動かすと、さらりとこう応えた。
「俺が喰ってやった」
「喰った?」
詠子はぎょっとして聞き返す。
「まぁ、そんなとこだ」
千珠はあっさりそう言うと、唇を釣り上げて舌なめずりをしてみせた。詠子と、その後ろにいた男たちが青くなる。
「……」
舜海はため息をつくと、
「違う違う、千珠が喰った……と言うか、取り込んだのは夜顔の妖気だけや。身体はこいつの妖気に焼き尽くされて消えた」
と、予め準備していた嘘を交えて訂正する。
「ついでに藤之助の身体も道連れで消えてしもうた。遺体があるのは猿之助だけや」
「なんだ……」
皆がほっと息をつく。
「そんな冗談、千珠さまじゃないと言えないですね」と、一人の男が笑いながらそう言った。
佐為と宇月は、怪我人の手当に当たっていた。
広間に寝かされた十数人の陰陽師達の怪我の程度はまちまちだったが、命に関わるものはいない。
主だった戦闘が土御門邸で繰り広げられたため、中に残って立ち働いていた六人の陰陽師が夜顔によって無残にも殺されてしまった。
業平はその家族に対しての謝罪などにも出向くこととなるため、しばらくは休む間もない。
一段落ついた頃、佐為は宇月を引っ張って、縁側で休憩をとった。
数年ぶりに見る宇月は、以前とは違ってぐっと女らしくなっているように感じる。そして、それはきっと千珠とのやりとりがあるからではないかと、佐為はもわもわと空想を広げるのである。
「宇月、綺麗になったね」
「え?そうでござんすか?」
宇月は驚いたようにそう言った。
「うん、前はもっと……子どもっぽいというか雑というか……」
「相変わらず失礼な。まぁ、褒めてくれたので許すでござんす」
と、宇月は笑った。
「宇月の笑顔は、相変わらず人を癒すな」
「それはどうも。今日の佐為は気持ち悪いでござんす」
二人は同時に茶をすする。
「千珠は、いい子だね」
「そうでしょう」
「宇月も、千珠のこと好きなのかい?」
「わたくしも?っていうのは?」
「僕は千珠が気に入った」
「まぁ」
宇月は佐為の言葉に吹き出した。佐為は無表情に目を細める。
「以前の佐為なら、そんな事は言わなかったでござんすな」
「……そうかもね」
「人を信じず寄せ付けず、自分を虐めるように過酷な任ばかり受けていた佐為が、そんなにも誰かのことを気にかけるなんて」
「だよね……」
佐為は千珠の言葉や、その行動一つ一つを思い返した。
虐げられ、成敗されるはずのものを生かし、助け、新たな道を与える。佐為自身も、藤之助によって第二の人生を与えられた。
千珠がそうして夜顔を生かそうとしている姿を見るにつけ、佐為はかつてその身に受けた恩を改めて思い出していたものだ。
そんな千珠の助けになりたい。千珠ともっと近付きたい。幼い頃の惨たらしい体験のせいで、人としての感情をどこかへ忘れてきてしまった佐為が、藤之助以外の他人に興味を持つのは初めてのことだった。
「僕の術で、千珠に夜顔の妖気を封じてある。たまには青葉に、経過を見に行こうかな」
「随分と気に入ったのでござんすな。まぁ、お許しが出るのならいつでもおいでくださいませ」
「そうするよ。宇月にも会えるしね」
「そうでござんすな」
二人は笑い合った。宇月は湯呑みに目を落とすと、
「私は、千珠さまのことをずっと見て参りました」
と、話し始めた。
「あの方は、とても強いお力を持っているでござんすが、その心は本当に繊細で、初めは見ていて危なかしいと思うほどでござんした」
「へぇ」
「でも、舜海さまと離れた二年間で、千珠さまはどんどん心もお強くなられた。とても、頼もしい限りでござんす」
「ふうん」
佐為は膝に肘を付くと、そんな事を話す宇月を面白そうに見た。
「じゃあ、千珠の気持ちには答えるってこと?」
「気持ち?何のことでござんすか?」
「えっ?何?気付いてないわけ?うわ、にぶ……」
佐為はとりあえず、それ以上を口にするのをやめた。
――千珠のやつ、ほんとに奥手なんだな。まぁ宇月は宇月でこんな調子だし、相当頑張らないとだめだなぁ。
と、心の中で独りごちる。
「まぁいいや。とりあえず、千珠のことはしっかり見ててやってくれよ」
「もちろん。変わらずおそばにいるだけでござんすよ」
そう言ってにっこりと笑う宇月に、佐為はやれやれとため息をついた。
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