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四十四、信頼

 復興と後始末に追われ、あっという間に一週間が過ぎていた。  さすがにこれ以上引き止めておくことができないと判断した業平は、その日の晩に千珠たちを送り出す宴を開くことを決めた。  明日、千珠達は青葉へと帰ることとなったのである。 「宴なんて……いいですよ」  千珠と業平は、まだ手入れが行き届いていない庭を歩いていた。少し離れて、佐為もついてきている。  あちこちに瓦礫が残る中、金色の鯉がいる池へとやって来た。朱塗りの橋は無傷で残っていたものの、中島に生えていた松の木は葉がちりちりに焼け焦げ、ややみすぼらしい姿になってしまったことを恥じらっているように見える。  千珠は濁った池を見下ろして、その下をすいすいと動き回る鯉たちの色彩を目で追っていた。 「俺はそういうの、苦手だし……」 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。厳島での借しではお釣りが来るくらい、あなた方には世話になったのだ」 「……でも」 「忍のお二人だって、都を守護する巨大な結界術"十六夜"を破壊しようとしていた輩を全て見つけてくださったのですよ。きちんと礼を言わずして、帰せませぬ」 「うーん……」 「いいじゃないか、千珠」 と、業平の横で涼しげにそんな事を言うのは佐為である。 「宇月だって、久しぶりの土御門邸(ふるさと)なんだ。それに、舜海を送り出すという意味もあるし」 「そりゃあ、そうだけど」 「じゃあ、そういうことで。僕は皆に準備させてきますね」 と、楽しげな声を出し、さっさと佐為は行ってしまった。千珠はため息をつく。 「まぁ、いいか」 「しかし……あなた方が帰ってしまうと、寂しくなりますな」  業平はいつになくしんみりとそう言った。 「たまには、顔を見せに来てくださいね」 「……業平殿、どうしたんですか」 「いいえ……かつての友を二人も失って、少し感傷的になっているのかもしれませぬ」 「そうですか……」  千珠は業平の淋しげな横顔を見上げた。 「藤之助がどこかで生きているというのは、私にとっても喜ばしいことだ。今回のこと、本当にありがとう」  業平は千珠に向き直ると、丁寧に一礼した。千珠は慌てて、 「そんな、今回のことは俺が勝手に……」と業平の頭を起こさせようと肩に触れる。  業平は顔を上げると、千珠の目を真っ直ぐに見つめた。 「君が人の世に迷い込んでくれて、良かった」 「業平殿……」  業平はぽん、と千珠の頭に手を置いた。  ごつごつとした、暖かな手だ。  重たいものを沢山抱え、涙を隠して仲間を斬り、都を守護するために辛い選択を繰り返してきた、陰陽師衆棟梁の手。 「これからも、我々陰陽師衆は君のために動く。何かあったら、いつでも頼っておいで」 「……はい」  千珠は胸の中がじんわりと熱くなるのを感じた。業平の自分を見つめる瞳の中に、はっきりと信頼が見えたからだ。 「ありがとう、ございます」  千珠は深く頭を下げた。業平の手が、暖かかった。  足元で、鯉の跳ねる音が軽やかに響く。

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