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八、伝わるもの
「……うっ……」
千珠は頭を押さえて、呻いた。舜海は千珠の身体を木の床に横たえる。
「頭、痛いんか?」
「……ああ、割れそうだ……」
千珠の額に手を当て、妖気の流れを感じようと集中する。雷燕の妖力に呼応して暴れ狂った夜顔の妖気は、千珠の記憶のみならず、思考すらも侵食しようとしているようだ。
千珠の脳から戦いの記憶を引き摺り出し、罪悪感を再び味わわせ、人間との穏やかな暮らしから引き離す。
お前だけがのうのうと平和を味わうなど許さぬ、と言わんばかりに。
舜海は、千珠に能登守の話を聞かせることにした。状況が分かれば、千珠は少し落ち着くのではないかと考えたのだ。
冷たい床に寝転がしておくことが憚られ、舜海は千珠の頭の下に自分の膝を置いてあぐらをかいた。自らの体温で、千珠が少しずつ落ち着いてゆくのが分かる。
その状態で、舜海は千珠に話をした。
雷燕という名の妖が、夜顔の親であることも包み隠さずに。
千珠はじっと顔をしかめたままそれを聞いていた。終始、無言のまま。
舜海の話が終わると、疲れたように目を閉じてため息をつく。
「……また、厄介なのが出てきたな」
「そうやな。どうする? 殿は、お前には行かせたくないと言ってるんやけど」
「……光政は心配性だからな。こんな話聞いたら、そりゃそう言うだろう」
「じゃあ、行くんか?」
「……この頭痛が何とかなったら、考える」
舜海は千珠の額に載せた掌を少し動かして、髪を撫でた。千珠の小さな頭は、舜海の掌にすっぽりと収まる。
「俺……宇月を怖がらせた……。あーあ、また口きいてくれないかもな」
「大丈夫やろ。そんなことでびびる女か?」
「……あいつ、そういうことには敏感なんだよな。まだ、何もさせてくれない」
「へぇ、よう我慢してるやん」
「あいつには、笑ってて欲しいんだ」
千珠はそう呟くと、目を閉じた。
千珠の、宇月を大切に思う気持ちが伝わってくる。舜海はそれが嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
結局まだ、手放しで千珠の背を押しきれない自分が情けなかった。
「男らしいこと言うようになったやん、千珠」
「……なぁ、舜海」
「ん?」
「俺がこんなになってても、お前は俺を抱かないのか?」
「はぁ? そんな口きいてる時点で、そんな必要ないやろ」
千珠のそんな台詞に、内心どきりとしながらも、舜海はそっけなくそう言った。千珠は、口元だけで笑った。
「そうか……。じゃあ、もう少し気を高めてくれないか? そうすれば、頭痛も治るだろ」
「そうやな。……じゃあ、こっち向け」
千珠は舜海の膝の上に肘をつくと、上半身を起こして舜海に顔を寄せた。
唇が触れ合う瞬間、千珠の長いまつげが舜海の頬に触れ、目を閉じるのが分かった。舜海は千珠の後頭部を左手で支えると、すうと息を吹き込んだ。
身を乗り出した千珠の手が、舜海の首に触れる。そして、ぎゅっと襟を強く掴む。
留まることなど出来なかった。舜海は千珠に求められるまま甘い唇を貪り、深く深く舌を絡め合った。
千珠の両腕がするりと舜海の首に絡まり、更に身体が密着する。近付けば近付くほど、より深く繋がりたいと思う気持ちが徐々に舜海の頭を支配する。理性の壁が少しずつ剥がれ落ち、本能が顔を出す。
「舜……っ」
「ん……?」
舜海の唇の下で、千珠が熱っぽく名を呼んだ。舜海は千珠を舌で愛撫する動きを止めずに、微かに応じた。
「……あっ……」
無意識のうちに千珠の衣の裾を捲って、すべらかな肌に直に触れた。着流しの衣はすぐに解けてしまい、太腿があられもなく剥き出しになる。
以前と変わらない、まるで陶器のように滑らかな肌に触れ、舜海はもっと触れたいという思いに突き動かされるように、千珠の首筋や胸へと唇を滑らせた。
「……あ! ……ん……っ」
千珠の熱っぽい声と、自分の髪を乱すその手つきに、舜海の意識は奪われていく。もう一度口づけようと千珠の頬に触れた時、赤く煌く耳飾りが目に飛び込んできた。
ぴた、と舜海は手を止めた。
その赤色に、夜顔の顔や宇月の顔が映って見えた気がしたのだ。
「あっ……すまん」
舜海はぱっと身体を離して、ぎゅっと目を閉じ頭を振った。
背後でゆっくりと、千珠も起き上がる気配がした。
「どうしても……あかんな、触れてしまうと止まらへんくなる」
舜海は千珠に背を向けたまま、ぼりぼりと頭をかいた。そして、もう一度ぎゅっと目を閉じる。
「……俺もだ」
と、千珠の重たげな声が、聞こえてくる。
ふ、と千珠の手が背中に触れた。振り返ると、少し悲しげな顔で、舜海を見上げる千珠の顔がすぐそばにある。
「なんや?」
「こっち、向けよ」
「あ、ああ」
ずっと背中を向けていたことに気づき、舜海は千珠に向き直った。はだけた衣服や、乱れた銀髪、そして白い肌が否応なく舜海の目を引いた。
無意識に頬に手が伸びる。
「……きれいやな」
「……当然だ」
いつもの高飛車な台詞に、舜海は少し笑った。千珠は俯いたまま髪を掻き上げると、悲しげな顔で舜海を見つめてくる。
「舜海」
「ん?」
「俺がこんな状態の時くらい、黙って身体を差し出せよ」
「……」
偉そうな口調とは裏腹に、千珠の目は淋しげだった。心臓を鷲掴みにされるように、その表情に魅入らされる。薄暗い堂の中、千珠の目が潤んで揺れている。
「お前は、何も考えずに俺を抱けばいいんだ。俺を回復させるために」
「……俺の努力を、あっさり無にするような事言いよって」
舜海はため息混じりにそう言うと、諦めて力強く千珠を抱き寄せた。すっぽりと自分の腕の中に収まる千珠の身体が、懐かしく、そして愛おしかった。
千珠の腕が、背中に回るのを感じると、尚強くその身体を抱き締める。柔らかい髪が、頬に触れる。
「舜……お前の身体、あたたかい」
「……ん。お前は相変わらず、華奢やな」
「華奢って言うな」
舜海は、笑った。久しぶりに千珠の体温を感じ、自分を求めるその姿を見て、哀しいかな涙が出そうになるほど幸せだと感じた。
自分を見つめる琥珀色の二つの目。赤い唇。しなやかに絡みつく白い身体。
「千珠」
「あ、あ……!」
噛み付くように、千珠の肌にむしゃぶりつく。
千珠が欲しくてたまらない。抱いて抱いて、抱き尽くして、思うまま腕の中で乱れて欲しくて、我慢ができなかった。
法衣の前をはだけ、既に限界までそそり立つ根を千珠の内腿に擦り寄せながら、舜海は千珠のものを荒々しく扱いた。
濃厚な口づけを与えながらそうしてしまえば、千珠は自ら脚を開いて舜海のものをねだることも、やすやすと達してしまうことも知っている。
白い腹の上に飛び散るその体液をまとわせた指を、強引に後孔に抜き挿しすると、さすがに千珠は身をよじって痛がった。
「あ! ……ぁ!」
「すまん、千珠……」
「まっ、て……! っ、痛っ……!」
「すまん……頼む、我慢してくれ」
「ん、うっ……ん……!」
口を塞ぎ、舌で口内を犯しながら、指では千珠の中をかき回す。固く閉ざしていた後孔はすぐに舜海の指を受け入れて、甘く締まって離さない。
そうなることも分かっていた。千珠の身体のことなら、全てを知っているのだから。
「ひ、あ……っ。あ、いや……っ」
「いきそうか……?」
「ん、んっ……! しゅ、ん……!」
指を抜けば、物欲しそうな表情で舜海を見上げる千珠と目が合う。息を弾ませ、肌を桃色に染め上げて、泣きたくなるほど可愛い顔で。
焦らす余裕もなく、舜海はなんの前触れもなく千珠を貫いた。指の何倍もの質量を受け入れようとする千珠の身体は、一瞬強張って微かな抵抗を示す。
「んっ! うっ……!」
「きついな……痛いか?」
「舜……っ、ぁっ……まって……!」
「すまん、挿れさせてくれ。止められへん」
「あ、あっ……! や、んっ……!」
身を引き裂くような、乱暴な挿入だったろう。千珠は涙目になりながら舜海に縋り付き、声を殺すように肩口に噛み付いた。
だが舜海は本能に身を委ねて猛々しく腰を振り、思う様千珠の中へと注ぎ込む。
「はっ、はぁっ、はぁっ……千珠、千珠……」
「あっ、ん、ん……っ!」
「千珠、ん……はっ、はあっ」
抑えることを忘れたかのような千珠の喘ぎに、欲望がさらに猛りを増す。
剥き出しの激情に酔い痴れるかのような表情を浮かべる千珠をひたと見つめながら、舜海は遮二無二腰を振る。
舜海に縋りながら、さらに奥へと誘うように、千珠も淫らに腰をくねらせている。
何度目かの絶頂のあとも身を離すことが出来ずに、繋がったまま千珠の首筋に顔を埋めていた。互いの荒い呼吸と、汗に濡れた肌が重なり合い、境界を失って溶け合う感覚から抜け出せない。
「舜……」
「ん?」
「舜……ごめん、血が」
「あぁ……ええよ」
千珠に噛み付かれた肌の上に、赤いものが滲んでいた。肘をついて上半身を離すと、千珠のうっとりと緩んだ顔が真下にある。
汗で張り付いた銀色の髪を額からよけて、そこに軽く口づけを落とした。
――すごく、きれいや。
潤んでとろんとした琥珀の目は、いつもより透明度が高く澄み切っている。
見つめていると、誰にも渡したくないほどに愛おしさが募ってしまう。
――あぁ……俺はほんまに。
「……愛してる」
「……え……?」
「千珠、お前を愛してる」
「っ……」
ぽろりと口から零れ落ちた、愛の言葉。
千珠は茫然とした表情で、舜海を見上げていた。
「言うつもり、なかってんけど……ごめん」
「なんで、謝るんだよ」
「だって、こんなん重いやろ。せやから……」
「舜」
「ん」
「……知ってたよ。そんなのとっくに」
「えっ」
「知ってた。ずっと、ずっと。お前が言葉にするのを躊躇ってるってことも、分かってた」
「……千珠」
「お前は俺のもの。身も、心も、全部俺のもの……」
頬を撫でる千珠の目の端に、涙の雫が膨らんだ。そしてそれは、見る間にぽろりと頬を伝う。
そこに重なるのは、悲しげな笑顔だった。
「俺のために……俺と宇月のために身を引いたってことも、分かってる。でも、俺、俺は……」
「千珠、いいねん……それはもう、ええから」
「ごめん、俺……お前の気持ち、知ってたのに、俺」
「それでいいんや。俺は、お前が幸せになるためなら何だってする。だから」
「う、ううっ」
「これでいい。これでいいんや、泣くな」
「舜……」
見る間に本気で泣き出した千珠を、引き起こして抱きしめる。
言うべきではなかった。心優しい千珠のことだ、こうして後ろめたさを感じてしまうことは目に見えていたのに。でも、心に秘めておくにも限界だったのだ。
「これでいい、ほんまに。お前が宇月に笑っていてほしいと思うように、俺も、おまえには笑ってて欲しいねん」
「……ん」
「知っていてくれるだけで、俺は嬉しい。ほんまやで、千珠」
「うん……」
「だから、泣くな。男やろ、阿呆」
「……阿呆っていうな」
ぐいと腕を突っ張って、千珠は悔しげに目を伏せた。しかし、すぐにちらりと舜海を見上げて、また気恥ずかしそうに頬を染めて目を逸らす。
そんな仕草も可愛くて可愛くて、舜海は思わず笑ってしまった。
「なぁ、舜」
「ん?」
「もう一回……言ってくれないか」
「え?」
「その……さっき言ったことばだ」
「え? ……あ、あほか、もう一生言わへん」
「いいじゃないか、もう一回くらい」
「阿呆ぬかせ。ほいほい言えるかそんなもん」
「……だめなのか?」
「うっ」
わざとなのか本気なのか、千珠はまたも泣き出しそうに潤んだ瞳で舜海を見つめてくる。
——……可愛すぎるやろ、殺す気か。
「……分かった」
観念してそう呟くと、千珠は花のように笑った。まるで光が差すように、美しく可憐な笑顔だ。見ているだけで、心が清く洗われるような。
「……愛してる」
「……ん」
抱き寄せて、間近に見つめ合いながら愛を囁くと、千珠はうっとりと微笑みながら、小さく口を開いた。
柔らかく重なる唇。腰を引き寄せ更に強く抱きしめると、千珠は甘い吐息をこぼす。
「千珠……愛してる、愛してる」
「舜……もっと、言ってくれ……」
「愛してる、ほんまに。大好きやで……千珠」
「もっと、もっと……あ、はぁっ……」
愛おしい名を呼びながら、もう一度千珠を抱く。
溺れていく。
銀色の糸に、全身を絡め取られるかのように。
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