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二十二、叢雲の剣

 舜海は、陰陽師衆の面々と再会を喜んでいた。ほんの半年足らずぶりの再会であるが、皆、都での修行を共にしていた面々であるから、自然と会話が弾む。 「しかし、いい時に現れたなぁ。俺ら、あの妖気に気圧されて何も考えられへんかったもんな」 と、少し年上の男がそう言った。名を立浪秀永(たつなみしゅうえい)という。 「ああ。術を持ってても、思いつかへんかったら意味ないからな」  そう言って笑うのは、舜海と同じ年頃の竹之内相馬である。舜海は苦笑しながら、「たまたまや、たまたま」と謙遜した。 「しっかし、あの千珠さまを殴り飛ばすなんて、国で何かあったんか?」 と、相馬が少し怪訝な表情でそう尋ねた。 「……いや、大したことじゃないねん」 「そうか?なんや、痴話喧嘩でもしとったんか?あんな抱擁見せられたら、どきどきしてしまうわ」 と、立浪がにやにや笑いながら軽い口調でそう言うと、周りの男達が笑う。 「んなわけあるかい。集団行動出来ひんから怒って泣かしたっただけや」  舜海は頭をかきながら、曖昧にそう言った。 「あ、千珠さま」  座敷の奥で佐為を介抱していた風春が声を上げる。舜海はどきりとして、入口に佇んでいる千珠たちを見た。  思い思いに座っていた陰陽師たちの視線を一身に集めてしまい、千珠は気まずそうに眉を寄せている。人付き合いの苦手な山吹も同様にたじろいでいるらしく、二人揃って広間の入口でまごついていた。 「そんなところにいないで、どうぞ」  風春はそんな二人を見かねてか、にっこりと笑いながら穏やかにそう言った。 「そうですよ、ほら、俺らが入れへん」 と、後ろからのっそりと柊と朝飛がやってきた。 「陰陽師衆の方が見張りを変わってくれはったんで、戻って来ました」 と、朝飛。  柊は千珠に笑みを見せ、その背を押して中へ入った。寝かされている佐為の枕元に来ると、促されるままにその場に座る。 「……佐為、具合は?」  千珠はおずおずとそう尋ねた。佐為は糸目になって笑うと、ゆっくりと起き上がった。 「大丈夫。千珠こそ、傷はどうなの?」 「山吹が手当してくれたから、どうもない」 「そっか」 「さて、千珠様も来たところで、少し今後のことを皆で話しあおう」  風春は業平の代理でここへ来ているため、皆をまとめるべく声を張ってそう言った。皆が風春の周りに集まってくる。  舜海は、佐為と千珠の後ろに立っていた柊、朝飛の隣に来ると、皆を横から眺める形で立った。 「さて、雷燕の()し方については、皆にさっき話したとおりだ。奴のことは、気の毒に思わなくもない。しかし、ここまで能登を荒らしてしまっている上に、死人も出ている。我々で雷燕を止めねばならない」  皆が正座をして、じっと風春の言葉を聞いている。 「今日、雷燕の妖力の桁外れな強さは皆感じただろう。残念ながら、あれを完全に打ち倒すような力を我々は持ち得ない。どんな術を使ってもな」 「じゃあ、封じるんですか?」 と、佐為は言った。 「それこそ、あいつを封じる大きさの結界術なんか持ち合わせてないじゃないですか」 「その通りだ。……封じるという言い方では語弊があるな。雷燕には眠ってもらおうと思う」  風春は佐為を振り向いて、そう言った。 「眠ってもらう?」 と、千珠は繰り返した。 「ええ。今までとは少し、違う術式を使います。ここ能登独特の地の力を借りて、雷燕を眠らせるのです。それこそ、数千年の長い眠りに」 「数千年……」 「この地は強い妖が生まれやすい……だからこそ狙われた土地でもありました。この土地には、太古の昔は神が住んでいたと言われ、とても霊威の強い場所なのです。術式を用いてこの地の力を高め、怒りと憎しみに我を忘れている雷燕の気を鎮めます」 「……どうやって?」  千珠は重ねて問うた。 「毎度のことながら、業平様に術式を預かってきています」  風春は微笑み、自分の荷の中からひとつの巻物を取り出し、皆の前で広げた。皆が頭を寄せて、その巻物を覗きこむ。  巻物の中には、複雑怪奇な紋様が書き連ねられている。千珠には一体何が書いてあるのか分からなかったが、陰陽師衆の者はそれがなにか分かっている様子で、皆が息を呑んでいた。 「これ……古より伝わる、神封じの術式じゃないでですか。業平様はなんでそこんなもの……」  竹之内が、ごくりと唾を呑んでそう呟いた。 「陰陽師衆棟梁と、限られた者だけが見ることのできる術式だ。太古の時代、荒ぶる神を鎮めるために使われたという、お伽話のような術だよ」  風春は巻物の表面をすっと撫で、力のこもった眼で、皆を見回した。 「これを、我々は使うんだ。雷燕はこの地において、神にも等しい力を持つ妖だ。これくらいのものを使わねば、我らに勝ち目はないのだよ」 「……すごい」  佐為も、神妙な声でそう呟いた。千珠は黙って、陰陽師衆たちを見守っていた。 「さて、この術式は陰陽師衆全員の力がいる。舜海にも加わってもらうよ」 「あ、ああ」  急に話を振られた舜海は、慌てて頷いた。 「そして、千珠さまにお願いしたい」 「なんです?」  風春はじっと千珠の目を見つめると、姿勢を正して座り直した。 「この術を発動し始めると、我々は動くことができない。この土地全体を鎮める術なので、陀羅尼の時のように中心におびき寄せてもらう必要なはないのだけど……」 「けど?」 「千珠さまには、その間雷燕を押し留めておいてほしいのです」 「……分かってる。しかし……」 「大丈夫です。これを」  風春は、深い紫色の風呂敷から、えらく古めかしい鉄の鞘に収まった大ぶりの刀を取り出して、千珠の前に置いた。 「神剣、叢雲(むらくも)」  ごとん、と荒れた畳の上に置かれたその剣はあちこちが錆び付き、大層な銘の割りにはえらくみすぼらしい見てくれだ。 「叢雲の剣って……神話に出てくるあれか?」  舜海は緊張感のない声でそう言った。風春は舜海を見上げて頷く。 「まぁ、本当か嘘かは分からないがね。しかしこれは、陰陽寮に代々伝わる貴重な品だ。持ってくるのに緊張した」 「僕にも教えておいてくれたら良かったのに」  佐為は、すこし不服気な顔で呟いた。 「以前お貸しした草薙よりも、荒々しい気を湛えた神剣です。千珠さまの力を存分に吸い上げ、増幅させることでしょう」 「……草薙より、か」 「あなたにしか、出来ないことです。どうか、よろしくお頼み申し上げます」 「……分かっています。必ず、抑えてみせます」  千珠の力強い言葉を聞いた陰陽師たちは、顔を見合わせて頷き合った。  しかし青葉の面々だけは、不安げな表情を浮かべていた。

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