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三十四、光政の拍動

 青葉の国。  雷鳴は少し遠ざかったが、相変わらず重い空が広がっている。  光政は側室の桜姫とともに、まだ生まれて間もない赤子の姫とともに過ごしていた。  相変わらず胸騒ぎは止まず、光政の胸の中は不穏なもので満ちている。 「殿、お顔色がすぐれませんのね」  乳母と遊ぶ我が子を見守りながら、桜姫は心配そうに顔を曇らせた。光政は弱々しく笑ってみせる。 「いや、何とも無、い……」  ――……どくん。  光政は、胸を押さえた。胸の中が、おかしい。  ――どくん。  血に塗れた、千珠の像が見えた。  普段ならば明るく輝く琥珀色の瞳には光がなく、虚ろに黒い空を映すのみの……。  ――どくん。  血に染まった見事な銀髪は、地面に広がった扇のようだ。大量の血が凝固した黒い地面に倒れて、まばたきもせずに空を見上げる千珠の姿。   ――これは……?何なのだ……?  「ぐ、うっ……!!」  急激に胸を締め付ける激痛に、光政は胸を掻き毟りながら倒れた。桜姫の悲鳴が上がる。 「殿!!誰か……誰か……!!」  光政は必死で息をしようと喘いだ。しかし、その身体にはもう力が入らず、世界は白く霞んでゆくばかり。  ――千珠……千珠……!  意識の中で呼びかける声も、届かない。  閉じた瞼の裏に、千珠の笑顔が見えた気がした。  俄に騒々しくなる三津国城の中、赤子の泣き声が響き渡る。  曇天に、稲光が走る。

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