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三十五、響くもの

「……また人間か」  倒れた千珠の前に、今度は山吹が立ちはだかった。  背中から忍刀を抜いて、静かな瞳で雷燕を見上げている。 「千珠さまを、お前などに喰わせはしない」  毅然とした女の声に、雷燕は目を細める。 「女……そんな餓鬼のために、お前も死ぬのか」 「私の命は、国のためにある。そして、この方は幾度と無く我らの国を守ってきた。……その恩義を返すまで」 「……馬鹿馬鹿しい。妖のために命を張るとは、愚かな」  女は口布を下げて、雷燕に微笑みかけた。  雷燕は驚いて、一歩踏み出しかけた足を止める。 「あなたも……人を守ってきたんでしょう?人と共に生きてきたんでしょう?千珠さまと同じように」 「……」 「ごめんなさい……。人間が戦などを起こしたせいで、この地の妖たちを騒がせた。あなたが怒るのも無理はない」 「……何を」 「ごめんなさい……。この地を愛し守ってきたあなたを、人間のせいで、血まみれにしてしまって」  雷燕の脳裏に、人間たちの明るい笑顔が蘇る。  明るい青空、新緑の眩しさ、美しい歌声。  きらきらと光り輝く思い出が、雷燕の心を揺さぶる。 「……ごめんなさい」 「五月蝿い……黙れ……!!」 「いい、私を殺してもいい。だから、この人は、殺さないであげて」    女の目から、涙が流れ落ちる。   雷燕は苦しげに表情を歪めて、吼えた。  大好きだった人間たち、優しかった人間たち。  清らかだった自分の心。  ――何故……こんなにも黒い。  何故こんなにも、血に濡れているのだ、今の俺は。 「黙れぇえええ!!!」  鉤爪が、女の柔肌を引き裂く感触が生々しい。なんとその女は刀を捨てて両手を広げ、雷燕の凶爪をその身で受け止めたのだ。 「山吹!!!」  悲痛な人間の叫び声が、妙に心を深く抉る。  痛むのはこの傷か、それとも、あの日からずっと血を流し続けるこの心か。

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