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四十、山吹の恋心
山吹には、四人の陰陽師がついて手当をしていた。しかし、皆の表情は険しい。
その顔には血の気がなく、固く閉じられた瞼は、動く気配もない。傷の縫合は済んでいたが、その傷跡は生々しく、女の体にはあまりにも残酷に見えた。
千珠と舜海がその枕元に駆けつけた時、そこには柊と朝飛がいた。二人共すでに手当を受けているが、その表情は重く硬かった。
「千珠さま、その傷……」
「そちらもすぐに処置いたしましょう」
と、四人の陰陽師が今度は千珠を隣に寝かせて、傷の手当を始めた。
「山吹……」
千珠はなおも不安げな顔で、隣に寝ている山吹の青白い顔を見つめていた。
「ちゃんと礼が言いたいんだ、絶対死ぬな……!」
千珠の言葉に、柊が口を開く。
「命は取り留めましたが、臓物への傷が深くてな……もう、子を成すことは出来ひんと言われました」
「え……そんな……」
千珠は、息を呑んだ。舜海も痛ましい表情で、山吹の顔を見下ろしている。
朝飛はじっと舜海を見つめていた。そしてぐっと唇を引き結ぶと、意を決したように口を開く。
「舜海、手ぇ握ってやってくれ。声をもっとかけたってくれ」
「おお、そうやな」
舜海は冷たく細い山吹の手を握りしめ、その顔を覗き込みながら声をかけた。
「山吹、お前、頑張ったらしいやんか。千珠に聞いたで。お前のお陰で、雷燕が止められたってな。すごいやん、お前はやっぱり、すごい女や」
反応のない山吹の顔を尚もじっと見つめながら、舜海は笑みを浮かべて続けた。
「がきの頃は、あんな弱虫やったのになぁ。ちゃんと大事なところで、お前はいつも助けてくれたよな……。厳しいことも、言うてくれたよな」
「……舜海。山吹はな、ちっさい頃からお前のこと、ずうっと好きやったんやで」
朝飛はぽつりとそう言った。
舜海は驚いたように顔を上げて、朝飛の黒目がちの目を見つめる。
「え、まさか……」
「俺、ずっとこいつとは一緒やったから知ってんねん。不器用なやつやから、お前には分からへんかったかもしれんけど、ずっとずっとお前と戦いたくて頑張ってたんやで」
「……え」
「がきの頃、お前がくだらん奴から助けてくれた時から、ずうっとお前に認められたくて、お前の役に立ちたくて、必死で頑張ってたんや」
舜海は山吹の顔を見下ろす。
いつも影のように、自分たちを支えてくれていた山吹の、そんな秘めた思いに気づくこともなかった。
千珠のことばかり、考えていたから。
そん自分を、山吹はどんな思いで見ていたのだろう。
――都で言われたあの言葉。あの時、どんな気持ちでこいつは俺を励ましたんやろう……。
「……俺は、大馬鹿や」
舜海は、ため息とともにそう言うと、ぎゅっと山吹の手を強く握りしめた。柊も千珠も、じっとそんな舜海を見つめていた。
「お前にはお前の気持ちがあるやろうから、それはいいねん。でもな……もう、俺、山吹がこんなになってまで気持ち隠してるん、耐えられへん……」
普段感情を見せない朝飛が、つらそうに顔を歪めた。
「言うべきじゃなかったんかもしれへんけど……でも……」
朝飛は唇を噛んだ。
「今言わな、もう絶対こいつは自分では言わへん。そんなん、つらすぎるやろ」
「……」
舜海はぎゅっと目をつぶって、山吹の手に唇を寄せた。
ぴくっ、と山吹の手が微かに動いた。舜海ははっとして、その顔を覗きこむ。
長い睫毛が、うっすらと動く。かさかさに乾いた唇が、微かに動こうとしているのが見て取れた。
舜海は急いでその唇に耳を寄せると、何を言おうとしているのか耳を澄ませる。
千珠も半身を起こして、そんな山吹を見ていた。
再び目を閉じて眠ったようすの山吹を、じっと舜海は見下ろしていたが、朝飛の方を見るとこう言った。
「……言うな、馬鹿。やって」
「……阿呆、それだけ言うために起きたんか」
朝飛は泣き笑いのような表情になると、ぐいと鼻をすすった。舜海もそんな朝飛を見て笑うと、山吹の頭を優しく撫でる。山吹の顔に、うっすらと朱が浮かぶ。
柊は何も言わずに、静かに皆を見ていた。
――良かった……。
誰も、命を落とさずに済んだ。
柊は千珠を振り返った。
千珠は再び仰向けに寝転んで、手当の続きを受けている。右腕で目元を覆っているが、そこからつと、光るものが伝っているのが見えた。
――安堵して、泣いているのか。
柊は微笑むと、見なかったことにしておくことに決めた。
ばたばたと陰陽師達が走り回る中、そこだけ時間がゆっくりと流れているようだった。
――光政殿、皆生きてます。はよう、皆の顔をあなたに見せたい。
――宇月、千珠さまを無事に連れ帰るから、笑顔で迎えてやってくれ。
柊は微笑みを浮かべつつ、青葉の国へと想いを馳せた。
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