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八、明日の夜は

 見廻に出たものの、何事も無く千珠は帰路についていた。  黒い忍装束に身を包み、夜暗に紛れて海岸を走っていると、ひんやりとした潮風が千珠の肌を撫でていく。ふと、空を見上げると、満月に近い大きさの月が頭上に登っていた。  明日は満月だ。  千珠の妖力が消え、一晩人間の姿になってしまう日。  ここ一年、舜海とは一度もふたりきりにならないようにと努めてきた。  舜海が都へ行くまでは、舜海に護られ、熱く抱かれる夜でもあった。  彼が不在の間は、いつも柊と宇月の三人で過ごしていた。宇月に知識を与えられながら、千珠は鬼と人の関係について多くを学んだ。  平穏な二年間だったと思う。柊はどこまでも大人で、いつの間にか千珠の親のような雰囲気すら漂わせるようになっていたし、宇月も千珠の姉のような距離を保ち続けていたから。  厳島で、宇月の存在が千珠の中で大きくなるまでは、彼女の存在はいつも空気のようだった。しかし一度色づいて見えたその姿は、日に日に千珠の中で大きくなってしまったのだ。  宇月といると、幸せだと感じた。抱きしめると柔らかく、暖かいと感じた。普段は自分を子ども扱いする割に、二人のときに素直じゃない宇月を、可愛い女だと思った。  舜海が戻ってからも、宇月に対する気持ちが変わらないことに、千珠自身が一番驚いていた。なかなか二人きりにはなれないが、それでも良かった。ただ同じ場所で、ただそばにいればそれで嬉しかった。  舜海に感じていたあの激しい感情とは、まるで異なる感触だ。  それは千珠自身の心に、不安から来る揺らぎがなくなったことも大きいのだろう。舜海の霊気をもらうことで落ち着いていた千珠の妖気の淀みや揺らぎは、今は殆どなりを潜めている。  舜海の気持ちを知り、自分自身の気持ちに戸惑いを抱えながら、互いに日々をやり過ごす。どうあっても消え行く気配の見えない舜海への想いに、千珠は戸惑いを殺すことが出来ないでいた。  舜海に、触れてはいけない。触れ合ってしまえば、きっとまた欲しくなる……。それは確かな予感だった。  そんな千珠に、舜海はいつも明るく、普通の友人のように接してくれる。  千珠にとってそれはとても嬉しくもあり、同時に想いを断ち切るきっかけを与えてくれぬという、真綿で首を絞めるかのような責め苦でもあった。

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