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三十一、軽い後味

 佐為は千珠と舜海を促して外へ出ると、苦笑いしてやれやれといった。 「……君等はどうする?なんなら、祓い人が来たところから全部消してやるよ」 「俺はええわ。お前が怒鳴るという貴重な場面も見れたことやし」 と、舜海は大あくびをしてそう言う。 「俺もいい。今回のことは俺にとっても戒めだ。それに佐為、お前一人でこれを覚えておくのも寂しいだろ?」  千珠は腕組みをして佐為を見ると、ふわりと微笑んだ。 「こういうこと、いつか笑って酒の肴にできる日が来るかもしれない。……まぁ俺は飲めないし、お前は絡み酒だけどな」 「……千珠」  佐為は目を輝かせて、がばっと千珠に抱きついた。 「うわ!」 「あぁ、だから大好きなんだよ、千珠。君はなんて優しいんだ」 「あ、ありがとう……もう離れてくれよ、佐為……」 「僕は一生君を護って働くよ。あぁ、千珠、僕の千珠」 「あ、うん……そうだな……」  徐々に青くなり始めた千珠を見かねて、舜海はぐいと佐為の襟首を引っ張った。迷惑そうな目を舜海に向けて、佐為は渋々千珠から離れる。 「ど阿呆。調子のりすぎや」 「何だよ。僕が一生懸命拷問している時に、君は千珠を抱いていたくせに」 「なっ……なんで、何で知ってんねん!?覗いてたんかい!?」  いきり立つ舜海を見て、佐為はぱちぱちと目を瞬くと、にやりと笑った。 「え、嘘だろ。本当に?君、この非常時によくそんなことができたね」 「え?」 「かまかけただけ。馬鹿だなぁ舜海は。いやしかし、羨ましい」 「な……何やと!?お前、この……変態野郎!」 「言うに事欠いて変態とは。まぁ否定はしないが、君には言われたくないな」 「やかましい!あぁほんまにありえへん、お前は金輪際俺に近づくな!気色悪い」  舜海は寒そうに両腕をこすりながら、佐為を睨みつけてそう言った。佐為はつんとそっぽを向いて、「言われなくてもそうするよ」と言い返す。 「でも千珠に会いに来たら必ず君がくっついているからなぁ。まったく、目障りな話だ」 「なんやと、ほんならもう青葉には来んな、阿呆」 「お生憎、僕は不知火を張り直すという仕事があるのでね、青葉にはちょこちょこやって来るよ」 「……こんのぉ……」 「もうやめろよ、恥ずかしい」  千珠はなんとも言えない顔をして、二人の袖を引っ張った。 「もういいよ、お前ら変態同士仲良くしろ。俺はもう眠たいよ」 「……お前なぁ」  文句を言いかけた舜海であったが、眠たそうなとろんとした目をしている千珠を見て、真っ赤になって口をつぐむ。   「二階で寝てくる。じゃあな」 「あ、おい、一人になんなよ!」 「じゃあ朝飛と寝る」 「えぇ?おい……。まぁええか、もう夜明けやし……」  すたすたといってしまった千珠の背中を見送っていると、佐為がにんまりと笑った。 「君も相変わらずだな」 「うるさい」 「気持ちは分かるけどな」 「分かられたくもないわ」 「ははははっ、ひどいなぁ」  佐為は大笑いをして、ばしばしと舜海の背中を叩いた。その笑顔は本当に楽しげで、それを見た舜海は、少しばかり安堵する。しかしその表情を気取られぬよう、すぐに不機嫌な顔を作って佐為の腕をうるさげによけた。 「殿を起こして説明してくる。あーあ、徹夜や」 「僕も後始末だ。おっと、城壁の修理はそっちで持ってくれよ」 「分かっとる分かっとる」  手を挙げてどすどすと城の奥へと入っていく舜海を見届けてから、佐為はうっすらと明るくなり始めた空を見上げ、少しだけ微笑んだ。  少しだけ、気が楽になった。  千珠や舜海、立浪や淳之介に自分の思いを吐露したこの経験は、佐為にとってはとても新鮮なものだったし、ほかでもない千珠にその思いを理解してもらえたということは、なんとも言えずに心地よい経験だった。  佐為は微笑んで腰に手を当て、昇り来る朝日を待つ。  黒装束を白い光が照らしだすまで、しばらく空を見上げていた。

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