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三十三、朝飛の仰天

 朝飛は仰天していた。  朝起きたら布団の中に千珠が丸くなっていたのである。  まだ所帯を持っていない朝飛は、この忍寮に部屋を貰って暮らしている。  まるで迷い猫のように、小さくなって朝飛の布団の中で眠り込んでいる千珠の首筋や、はだけた胸元には、縄で縛り付けたような赤い痣が見えた。 「……え。え?」  ――俺は人を縛って喜ぶような趣味はないし……大体、千珠さまとは能登以来言葉を交わす機会は増えたものの、こんなことにまでなるような間柄ではないのだが……。  うーん、うーんと朝飛が唸っていると、最近忍寮にやってきたばかりの幼い子どもが目を覚ました。彼は、盗賊に襲われて滅んだ小さな村から、朝飛が保護してきた幼い少年である。齢十になったばかりの少年はかりかりに痩せていたが、その身体能力はなかなかに高いものがあったため、すぐに柊の目に止まったのだ。  寝起きでぼさぼさの頭をして、少年は兄役である朝飛がうんうん唸っているのをぼんやりと見ていた。  そしてその布団の中に、見慣れない人物が横たわっていること。そしてその人物の髪の毛が、驚くほど鮮やかに輝く銀髪であることに、目をまんまるにした。 「あ。朝飛さま……。その方は……?」 「うっ」  いたいけな子どもにこんな場面を見られてしまったと、朝飛はうろたえて言葉に詰まる。少年の少し吊り上がった形の良い目を見つめて、朝飛はぐいと汗を拭った。 「あ、えーと。この方は、千珠さまや。お名前くらいは知っているだろう?」 「はい……あの軍神様でしょう?え、なんでここに?」 「うーん、何でかなぁ……」 「千珠さまという方は、女の方だったのですね。僕はてっきり男の人やと思ってました」 「いやいやいや、この人は男や。女よりも美しいが、男やで」 「え、では何で朝飛さまのお布団に寝ておいでなのですか?」 「うーん、何でかなぁ……」  朝飛がまた唸っていると、千珠が目を覚ました。琥珀色の明るい瞳に見上げられ、朝飛は思わずどきりとした。 「お、おはようございます……千珠さま」 「……ああ、朝か。おはよう……」  千珠はのろりと起き上がって、うーんと大きく伸びをした。乱れた長い銀髪をかき上げて、千珠はふと、自分を見つめる小さな目に気がついた。  色の白い、痩せぎすの子ども。千珠はぱちぱちと瞬きをして、その少年をまじまじと見つめる。 「……誰?」 「ああ、先日忍寮に入ったばかりの少年です。雪代(ゆきしろ)といいます。ほら、挨拶せんか」  少年は慌てるでもなく居住まいを正すと、きっちりと正座して千珠に深々と一礼した。 「お初にお目にかかります。雪代と申します。朝飛さまに拾っていただき、ここで暮らしております」 「雪代。綺麗な名だな。それになんて礼儀正しい……」 と、千珠は自分の寝乱れたひどい格好を見下ろして、ゆっくりと正座し直した。 「雪代はなかなか先の楽しみな若者ですよ。仲良うしたってください」 「そうか。それは心強い」  花のように微笑む千珠の笑顔を目の当たりにして、雪代は真っ赤になってうつむいた。それを横から見ていた朝飛も、改めて千珠の美しさを実感する。 「ときに、何で俺はここで寝てるんだ?」 「はぁ?知りませんよ。あなたが潜り込んできはったんでしょうが」 「ええ?俺が?お前が引っ張りこんだんじゃないのか?」 「んなわけないでしょ。いくらあなたが美しいとはいえ、俺にはそんな趣味ありませんよ」 と、朝飛は渋い顔をした。 「そんな趣味ってなんですか?」  不思議そうに二人のやり取りを見ていた雪代にそんなことを尋ねられ、二人は同時に黙り込んだ。

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