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二十、鈍い兄弟

「あれ、宇月と珠緒は?」  武士たちへの稽古を終えた千珠が城へ戻ってみると、宇月と珠緒は留守であった。 「離れにいるのかもしれませんね」 と、槐が言い、二人は連れ立って離れの方へと足を向けた。城で立ち働いている者たちが、千珠に笑顔を向けて会釈をし、忙しげに通り過ぎていく。 「槐は昔、学問よりも剣術が好みだと言っていたが、未だにそうなのか?」 「はぁ……でも。最近はちゃんと学問にも勤しんでおります」 「そっか。しかし、腕を上げたな」 「いえ……まだまだです」  槐は苦笑した。千珠はぽん、と槐の頭に手を置いて微笑む。  槐は、千珠が稽古をつけている若武者たちに混じって、剣を振るってきたのである。千珠の兄弟だとは明かさずに、都からの客人ということで稽古に参加していたのだが、槐の剣の腕は青葉の若者の中では群を抜いて強かった。しかし、忍衆の一人、雪代(ゆきしろ)という名の少年には、善戦したものの負けてしまった。槐はそれを気にしているのである。 「雪代は忍衆の一人だ。あいつはちょっと、特別だから」 「はい。とてもお強い方ですね」 「よく戦っていたよ、お前も」  千珠に慰められるのも、少し情けないと思いながら、槐は眉を下げた。  離れにやって来た二人は、開け放たれた障子の向こうで、佐為が石蕗に膝枕をされているのを見つける。その意外な姿に、千珠は目を丸くしていた。 「何甘えてんだ、佐為」  佐為の頭を撫でていた石蕗は、仰天して突然立ち上がった。佐為は乱暴に床に転がされてしまう格好になり、迷惑そうに頭をさすりながら目を開いた。 「お、おかえりなさいませ!」  槐の前で、佐為に膝を貸していた所を見られてしまった石蕗は激しく動揺していたが、槐は何を気にする様子もなく、いつも通りに笑みを浮かべている。 「佐為さまも、そんなことをするんですね」 「槐、これは……その」 と、石蕗があたふたと言い訳をしようとしている様子を見て、佐為は起き上がって口を開いた。 「すまないね。疲れていたので、神祇省を通さずに彼女の膝を借りてしまった」 「あれだけの大技を行われた後ですから、仕方ないでしょう。なぁ、石蕗」 「……ええ」  石蕗はばつの悪そうな顔で、うつむく。千珠はそんな石蕗の態度を見て、目を瞬かせた。未だに恋愛の機微といったものには疎いのである。  佐為は大きく伸びをして、千珠を見上げた。 「宇月なら、青葉の寺へ行くって。山吹さんの傷を見ると」 「ああ、そっか。じゃあ俺達もここで食事にしよう。石蕗殿も、ゆっくりされるといい」 「あ、ありがとうございます」  千珠に名を呼ばれ、石蕗はたどたどしく礼を言う。 「俺、着替えてくるよ。ついでにこちらへ食事を運んでもらうように言ってくる」 と、千珠はふっと姿を消した。 「私も、着替えさせて頂きます」  槐もそう言って、離れの続き間へ入ると襖を閉めた。  石蕗の落胆した顔に、佐為は眉をハの字にしてあぐらをかく。 「あの、すまなかったね。本気で寝入ってしまって……」 「あ、そんな……。いいんです。どのみち、どうにもならないことなので……。わたくしの想いのことは、内緒にしていて下さいませ」 「あ、うん」  手を着いて一礼する石蕗を見ながら、佐為はため息をついた。 「千珠も鈍かったが、槐も相当だな」  石蕗は顔を上げ、苦笑した。

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