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二十七、気がかりな存在

 佐為と槐は山吹に茶を振る舞ってもらいながら、風のよく通る母屋の縁側に腰掛けていた。  山間にあるこの寺に吹き抜ける風は涼しく、佐為は気持ちよさそうに短く切った髪を揺らしていた。そんな佐為を見ていると、槐はどうしても狐を連想してしまう。木陰で眠っている狐だ。 「君はあの若者をどう思う?」 「はい?」 「道場にいた、黒髪の少年だ」 「あぁ……」  佐為に突然そんなことを尋ねられ、槐は湯のみを床に置いて考えた。  あの若者の異様な空気や、正体の分からない恐怖や焦り、それをいざ言葉にするのは難しい。槐はしばらく庭先の朝顔を見つめつつ考えていた。 「彼も半妖でしょう、人とは違う気を持っている。あんな幼い表情や口調をしていますが、おそらくとても強い」 「ほう。強いというのは?」 「私が彼に刃を向けた時、あの者の目つきががらりと変わりました。その時の身のこなし、気の変化、それらを見てそう思いました」 「ふうん。他には?」 「……どうも、私は彼を見ているといやな気持がするのです。舜海様に昨晩言われたような、兄上を取られて悔しいというような生暖かい気持ちだけではないように思います。……もっと、何か本能的な……」  佐為は涼し気な目で槐の横顔を見た。今日の槐はどこかすっきりしない表情である。 「……いい見立てだ」  佐為はそう言って、ずずっと茶をすする。槐は佐為を見上げて、苦笑した。 「何でそんなことをお尋ねになるのですか」 「それだけ冷静に彼を見ることができるのなら、もうおかしな喧嘩はやらないかなと思ってね」 「もうしませんよ。大人気なかったと反省しています」 「そう」 「佐為様もあの者をご存知なのですか?」 「さてね」  佐為ははぐらかすように微笑むと、稽古を終えた若者たちで賑やかになった道場の方を眺めた。こちらに歩いてくる道着姿の舜海と夜顔に目を留めて、佐為はちらりと槐を窺うが、槐は特に表情を動かすでもなく二人を見ていた。 「お疲れ様でございます」  槐が丁寧に二人に一礼する。夜顔はやや強張った顔で、ぺこりと頭を下げた。 「おう、二人共待たせたな」 「この暑いのによくやるよ」 と、佐為。 「年寄り臭いこと言うな。お前もたまには竹刀でも握ってみたらどうや?」 「今更竹刀など握れないよ」 「ま、お前には似合わへんか」 「五月蝿いな」  山吹が二人に水を差し出す。夜顔は佐為の横に座って美味そうに水を飲み干した。舜海は四人の前に立ったまま、喉を鳴らして水を飲み干す。  槐が佐為の向こうにいる夜顔を気にしている……舜海は何の気なしに若い二人を眺めていた。すると槐がついに、自ら夜顔に声をかけた。 「お国はどちらなのですか?」 「……みっ、南の山を超えたところです」 「ほう、それは随分と遠くから」 「はい……」 「剣術は、お国で修練を?」 「はい。……父が、教えてくれるのです」 「そうですか、それはさぞかしお強いお方なのですね。また私とも手合わせ願いたいものです」 「いえ……僕など……」  夜顔がもじもじと袴をいじっているのを、槐は冷たい目で観察していた。  ――……なんと幼い、子どものような少年だろう。それなのに、国境で私とまみえた時のあの目つきは何だったのだ。何故こんな者を、私は恐れている。  槐は相変わらず正体の分からない気持ちに苛立ちを感じながら、それを抑えるように茶を飲んだ。  舜海と佐為は目を見合わせる。  その時、山門の方からこちらへ向かって歩いてくる人物が見えた。夜顔がぱっと顔を上げて、その方向に向いて目を輝かせる。 「……先生!!」  夜顔が駈け出した先には、夜顔の医術の師、水国がいた。千珠が護衛にとつけた竜胆が一緒である。 「おお、夜。元気にしとったか」 「おかえりなさい、先生!」  また一層幼く見える夜顔の笑顔を見つめながら、槐は心に決めていた。  ――……一度、あの者とは手合わせをしなければならない。そうすれば、この正体の分からぬ不安も拭い去れるだろう。  都へ戻る明日までに、決着を付ける。  槐は人知れず唇を噛んで、じっと夜顔を睨みつけた。

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