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最終話 夏空のもと

 千珠は、佐為が飛ばしてきた式神から槐の記憶についての旨を聞き、ため息をついた。  隣に控えている柊と舜海が、そんな千珠の横顔を見守りながら目を見合わせる。 「……やれやれ」 「佐為が忘却術の名士でよかったな」 と、舜海。 「しかし、あれも完璧に記憶を消すわけじゃない」 と、千珠は尚も不安げな顔をしている。 「そう心配しすぎんなって。槐と夜顔は、もう一生会うこともないやろ?」 と、舜海が腕組みをして障子の縁にもたれた。 「そうですよ。今回は夜顔の過去を伝えることが一番の目的だったでしょう?それがうまく運んだんです。これ以上、もう考えんことや」  上座に座っている柊もそう言って、千珠をなだめる。 「……そうだな」 「まったく、お前はほんまに気苦労の多いやっちゃな」 「だってさ、もしあいつらが争うようなことになってみろ。俺はどっちの味方についたらいいんだ」  千珠は美しい眉を寄せて、そんなことを言った。 「お前、そんな事まで心配してんのか」 と、舜海が驚く。柊は顎を撫でながら、目を閉じた。 「……まあ、ない話じゃないか」 「柊、お前まで」 「忍は先の先まで読んで準備しとくもんや」 と、柊は静かにそう言った。 「俺はそれだけが心配なんだよ」 と、千珠。 「まぁそうなったら、お前がどっちもぶっ倒して終わりやろ」 「何でそうなるんだ」  千珠はぎょっとしたような顔で舜海を見た。舜海はぼりぼりと頭を掻きながら、面倒くさそうに千珠を見る。 「二人が闘う前に、お前が止めたらいいやん」 「……そううまく行くかよ。簡単に言いやがる」 「まぁもし無理なら、俺が手伝ったる。そうやな、槐の方を担当したるわ」 「……馬鹿馬鹿しい」  千珠は舜海の気のない話しっぷりに気が抜けたのか、ぷいとそっぽを向いてしまった。柊はふっと微笑んで、首を振る。 「やれやれ、お前が言うと、まぁそれでなんとかなるかなという気になるから恐ろしい」 「せやろ?てか、そうなったらそうなったときや」 「ま、それもそうかな」  千珠も、それ以上考えるのをやめたらしく、両手を頭の下に組んでごろりと忍寮の床に転がる。窓から見上げる青い空を、千珠は眩しげに見上げた。 「いい天気だな」 「せやな」 と、舜海も同様に空を見上げてそう言った。 「俺は暑いのはかなわへん」  柊は、黒い忍装束を暑苦しそうに引っ張りながらそう言った。千珠は笑って、 「じゃあ仕事ないときは平服になっときゃいいじゃないか」 と、言った。 「頭として子供らに示しがつかへんでしょ」 「いいじゃないか、休みの時くらい」 「そら千珠さまはいつでも着流しで涼しいでしょうけど。たまもまだ小さいし。蘭と露は微妙なお年ごろなんですよ。こないだもきつく叱ったとこやし」 「だからたま、って略すなよ。犬や猫みたいに聞こえるだろ」 と、千珠が文句を言うと、舜海が笑った。 「いいやないですか。まだ小さいんだから」 「お前らがたまって言うから、あいつ自分のこともたまって言い出したんだぞ」 「そら可愛いですね」 と、柊は笑う。 「まぁ、可愛いけど」 と、千珠も認める。 「結局お前らも親馬鹿やな。柊には千珠もおるから、我が子は孫みたいなもんやろ」 「あほか、俺はそんなに老けてへんわ!」  舜海はからからと笑いながら、そんな二人をからかった。むきになる柊に、千珠も明るい表情で笑った。    夏の明るい日差しの下、新しい世代が育っていく。  千珠たちは目を細めながら、庭で元気に駆けまわり遊んでいる子どもたちを見守った。  この子たちに、幸あれと。  この子たちを取り巻く世界が、いつまでも穏やかであるようにと、千珠は願う。    異聞白鬼譚   ー完ー

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