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「そりゃ、これの存在を貴族が知らないはずですね?花摘みの仕事に従事するような生活の者には石鹸が手に入らず、石鹸が手に入るような身分の人間にはこの作業中に出る汁の存在なんて知る由もない。この赤の秘密を知っているのはテリオドス辺境伯家のみってわけですね」  ヒロに湯をかける手を一瞬だけ止めて、はるひはこくりと頷く。 「同じ毛色の狐獣人の多いテリオドス領で、支配階級の者を特別視をさせるために赤い毛皮を纏ったのが始まりだそうです」  背中から湯をかけるとヒロを覆っていた泡が流されて…… 「クラド様」  名を呼ばれて覚悟を決めてタオルを広げる。 「二、三日はまだラフィオの色が残りますので……」  湯船から引き上げられて俺の広げるタオルの中に収まるヒロを見下ろして、あの後はるひが決意を以って話した言葉をもう一度噛み締めるように心の中で繰り返した。 「  ────ヒロは、クラド様の子なんです」  俺を慮っての言葉かと一瞬耳を疑ったが、兄もエルも別段驚いた風はなくて……  かすがだけが複雑そうな顔をしていたが、それでも驚くと言った雰囲気ではない。  ぽかんとした俺に、はるひは「すみません……」と消え入りそうな言葉をかけてくる。 「いやっでもっ……」  さすがの俺でも計算ぐらいはできるのだから、そのはるひの言葉には首を振り返すしかない。  そんな見え見えの言葉で誤魔化さなくとも、ヒロは俺の長子として育てる覚悟はできているのだから、今更無意味な嘘を重ねて欲しくはなかった。 「二月半で産まれるはずの子が、まだこんな小さいわけないだろう?」  それとも、子供相手のように、畑から収穫してきたとでも言うつもりだろうか? 「クラドは何を言っているの?人の子が二か月ちょっとで生まれるわけないでしょ!」  俺が疑いの眼差しをしたからか、かすがはひどく怒っている風で、不機嫌そうに俺を睨みつけてそう威嚇めいた声で言う。 「十月十日!」 「は?」 「それで、ヒロは生後三か月」  ぐっと言葉が詰まる。  かすがの言葉がよく理解できず、はるひを見下ろしてとりあえず問いかけてみた。 「そんな長い間、腹に子がいて平気なのか?」 「あっ ぇ、  えぇ⁉︎」  吃驚した顔がコクコクと頷き……それを見てやっと、はるひの言葉が胸に落ちてきた。  小さな三角の耳も猫じゃらしのような尾も、狐獣人のそれだと思っていたが…… 「馬鹿者が!他に問うことがあるだろうに!」  兄に怒鳴られても、俺の頭の中はこんがらがって何から整理をつけていいのかわからないほどに混乱したままだった。  名前の由来は?  三か月なのにまだ歩き出さないのか?  いや、違うな……  どうして赤毛なんだ?  いや、 「だから一年前、城を出たのか?」 「ヒロがいたら……クラド様は責任を取ろうとすると思った ので」 「責任も何も、俺の子だろう⁉」  抱き締める力が強すぎたのか、はるひもヒロもむずがるように体を動かし始める。

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