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「何かありましたら信号弾を」  そう言うと母はしなやかな動きで来た道を走り出す。  星の明かりを弾く大剣を見送り、母とは反対の方へと顔を向ける。先程ミロクが浄化したとは言え、瘴気が入り込んでいた動物たちの死体は残されたままなので、鼻をくすぐる腐った臭いは薄れることはない。  濃い臭いはそれだけの数の動物の死体があると言うことだ。  ミロクの浄化のせいで思考が中断していたが、一か所にこの数が現れることなんて偶然だとしてもあり得ない。もしこんなことがあり得るとしたら…… 「……あの魔人か」  神の力で祓うことができないと言うのが魔人の恐ろしさではない。魔人の真の恐ろしさは本来群れることもなく、統率された動きのない瘴気と魔物達を率い従えることができることにある。 「  くそっ」  とどめを刺したと思っていた。  現にゴトゥスで共に戦った部下達の手際に不備はなかったし、彼らも魔人への対処の仕方は熟知していて手を抜くなんてことはないだろう。  ゴトゥスでの魔人たちはそれで塵も残さずに消え去っていたのだ。 「……あの個体が、強いのか。それとも 」  何らかの要因があったのか……  門へと駆けながら嫌なことばかりがぐるぐると頭の中を回る。  推論は幾つでも出すことはできたが、何もわからない今、一人で答えの出ないものを考えていても仕方がない と、気持ちを切り替えるように首を振って前を向いた。  森を抜けた先に煌々とした松明が見え、幾人もの兵士が右往左往としている。 「クラド・リオプス・ラ・ロニフだ!状況を教えろ!」  「閣下!」と声をかけられて振り向くと、警備責任のリファーがこちらに駆け寄ってくるところだった。  俺達同様こちらでもかなりの数の戦闘があったのか、リファーの服装には乱れがところどころに見て取れる。 「リファー卿、報告を」 「四半刻前にバトラクス様の信号弾により魔物達の襲来を知り、その後交戦に至りました。雷光により群れの消失を確認しております。今は被害状況や他の騎士達の報告待ちです」 「卿らは気づかなかったのか?」  ここから屋敷まではずいぶんと離れているのに、魔物達の襲来に気づいたのは母の方が先だった と。  物言いたげな視線に気付いたのか、リファーは反射的にぺたんと犬獣人らしい三角耳を垂れさせて「申し訳ありませんっ」と謝罪の体勢を取る。  本来ならば陛下の警護が弛んでいるのではと問題にするべき場合なのだろうが、如何せん母と比べてそんなことを言ってもしょうがない。現役を引退していると言ってもあの人の能力の高さは俺の常識を軽々と超えてしまうのだから。

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