171 / 304
2−46
「何も難しいことではない。誰だって走れば疲れる」
「それじゃ力を使えば、負担のせいで その、 って言うのは 」
「走ろうが歩こうが、いつか人生は弊えるものだろう」
「いい加減にしろ!」
オレと陛下の間にぐいっと体を割り込ませ、ミロクはきつい眼差しを向けて黙らせるように睨みつける。
「ここまで知らないとは予想外だったのだ」
「だからって、言い方を知らねぇお前が言うことじゃねぇだろ!そう言うことは身内の……かすがが直接言うべきことだ」
「そのかすがが今まで役目を放棄した怠慢の結果だ。本来ならば年長の者が下の者に教育を施し、道を示してやらねばならんのが道理だろう」
ミロクもそれを聞いてぐっと言葉を飲み込んだ。
ひく と肩が跳ねて、指先から血の気が引くのが分かる。
社交界にも出ず、
貴族的教育もされず、
この世界の常識もわからないまま……
「ち、違います、オレが甘えていたからで、かすが兄さんが悪いんじゃないです!」
ヒロがいるから分かる。
かすが兄さんは、たった二人だけでこの世界にきたオレを守りたくて、煩わしいものや恐ろしいもの、向こうの世界とまったく違う危険なすべてのものから遠ざけたくて、遠ざけたくて……
可能ならばふわふわとした綺麗な物だけで囲って、その世界だけで過ごさせてやりたいって思ったんだって。
「兄の怠慢ではないです」
かすが兄さんの愛情に甘えて今まで来てしまったことこそ怠慢で、それはオレがしてしまったことだ。
腕の中の温もりに励まされるようにして陛下に顔を向けると、光に敏感に反応する青い瞳と目が合った。
「どちらにせよ、次の国母がそれでは許されないのだよ。クラドも大概疎いがそれが許されたのは出生のためだ」
そう言うと陛下はゆったりとした足取りでヒロに近づき、まだひくひくとしゃくりで震える頬をくすぐるように撫でた。
「一つ、すべてを解決する方法がある」
気まぐれに変わる雰囲気は、素直にそれに飛びつくと痛い目を見ると暗に知らせているようで、すぐに頷かずにぎゅっと唇を引き結んで返す。
「この子をかすがの ────……」
ピク と陛下の耳が動くと同時に言葉が止まってしまい、「かすがの 」の言葉の続きは途切れたままだ。
何かを警戒するように視線を巡らせる姿を見ると、続きを急かすこともできなくて、何事かとミロクに救いを求めるように顔を向けた。
巫女 と言うにはあまりにも厳めしい顔が更に険しくなり、オレが問いかける前に人差し指を唇に押し当てる。
「 ────まさか、二度も遭遇するとは思ってもみなかったな」
こちらを見ないで呻く声は今までの陛下のゆったりとした声音ではなく、何かに追い立てられるかのような切羽詰まった感じを受ける。
陛下の言葉にオレはさっぱりだったけれど、ミロクは思い当たることでもあったのかさっと腕を掴んで地下への扉を指し示し、「入れ」と短く告げた。
ともだちにシェアしよう!

