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  「……掠っていたか」  戦闘用の丈夫な衣服ではあったが、魔物が持つ動物の牙か爪が掠ったんだろう。  破れたと言うよりは引き裂かれたに近い袖口から見えるそこに、黒いシミのようなものが見てとれた。  腰につけた荷物から聖別された薬を取り出そうとし、いや……と首を振る。  薬は無限ではないし、またいつかの時のようにはるひが襲われていないとも限らない。  腕の中でどんどんと体温を失っていく姿を見るのはもうこりごりだった。 「ギリギリまで待つか」  幸い左腕だ。  動きに支障が出るまでは置いていても構わないだろう。  それよりも奥に向かわなければ……と、連なる牙を連想させる山の方へと顔を巡らせた。      また一つ渓谷を飛び越え、足元の滑りやすさと遥か下にある水の気配を感じつつも、辺りに漂う気配に顔をしかめる。    その違和感に気づいたのはいつだったか……  思えばおかしくはあった。  いや、他の場所ならば別段おかしいと言うものでもなかったのだが、こんな山奥で人の匂いなんてするはずがない。  例え浄化されたとは言えここにはまだ魔物も瘴気もいる。  そこに、人?  鼻をすんすんと鳴らしながら首を巡らせ、何か気付くことはないかと神経を研ぎ澄ます。 「……はるひのものではないが」  だからと言って、どこか引っ掛かりを覚える匂いだ。  はるひと同じように連れ去られた者が他にもいたのだろうかと考えてみるも、魔人が必要なのは異界からの巫女であってそれ以外を必要とするとは聞いたことがない。  人質として交渉事にでも使うのかと思わなくもなかったが、今まで触れた魔人の言動を鑑みるにそれができるとは思えなかった。  あるいは……可能性として、瘴気の餌かもしくは…… 「仲間を増やそうとしているのか?」  ぞっと背筋に冷たいものが駆け抜ける。  吸い込んだ息が吐き出せないような、そんな一瞬のパニックに陥った時だった。  ど  と、脇腹を横殴りに何かがぶち当たる。  ミシリと骨の撓る音と思わず足が浮くほどの衝撃と、視界のぶれに襲われながらさっとそちらを振り向くと、木々の向こうにきらりと光るものが見えて……  手に持たれた刃物が罠を動かすために使われたのだとわかった。   「なっ……!?」  声を上げようとする俺に向かって形の崩れた魔物が飛び掛かり、体勢を立て直す間もなく谷底へ向かって突き落とされた。     ◇  ◇  ◇  暗い中でぐちゅりと粘膜の擦れる音が耳を打つ。  啜り合うような、ひどく原始的な水音で、絡まり合いを思い起こさせるその音は淫靡でやけに響き渡る。 「  ────ぁ、ん」    それは、クラドが自分に快感を与える時に耳にするものだと朧げな意識の中で思う。  クラドの剣を握り慣れた、ごつごつと無骨だけれど優しく触れてくる手が、オレの唇に、胸に、腹に、それからもっと下にあるはしたないくらい起立したところや、その奥を愛撫する時の音だ。  

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