196 / 304

2−71

 まるで冬眠から覚めた生物のように、動かしにくそうに体をぐぐ と動かしては小さく呻く。  それに従って黒い触手状の髪がずるりと音を立てて流れて…… 「……グラド」    薄く開いた口から洩れた声は壊れた鐘を叩いたように不愉快だ。  黒い咥内から洩れた音に緩く首を振ると、魔人はまるで小さな子供のように首を傾げてぺたんとこちらに這いずり始めた。  それは牛歩と言っていいほどの動きで、逃げようと思えば逃げられるほどのスピードだった。この魔人のどこにロニフを吹き飛ばす力があるのかわからないほど、その姿は欠けて弱弱しくくたびれている。 「グ らぁ  ど?」  逃げようと腕を動かしても、オレを拘束している縄は緩む気配を見せない。  あの魔人がここに着けばどうなってしまうのか? 想像もできないことに怯えてがむしゃらに体をゆするも、腕の皮膚が擦れるばかりだ。 「  っ、  ゃ、……っクラドさ、ま   っ」  迫りくる魔人を直視できず、顔を背けて瞼裏のクラドに縋るように名を呼ぶ。  こんな別れ方をするなんて思いもよらなかったけれど、覚悟を決めなければならないのならわずかでもその存在を感じながら死にたくて……  きつく閉じた瞼の隙間から熱いものが押しあがってきて、堪えようと思うのにできなくて涙が伝い落ちる。 「  み゛、ず」 「っ……」  空気が動いて、気配が色濃くなる。  触れてもいないのにのしかかってくる雰囲気を感じる。  あの生き物と呼んでもいいのかすらわからないモノに捕食されるのか……と、心が軋むような気分だった。 「  み゛ぃ、ず」  ぱた ぱた と落ちる涙の音が途絶えた。  頬を伝って落ちていく感触はするのに、音だけが途切れて……その奇妙さに震えながらそっと目を開くと、間近に黒い触手があった。近くで見ればそれが闇色ではなくて暗褐色でわずかに透けているのだとわかるけれど、ぐじゅぐじゅと動くと中で何かが行き来して時折不透明になっていることもわかる。  幾つも伸びた触手の一本が、オレの頬から流れ落ちた雫を受け止めていた。  体のどこにも触れていないのにその行為は底知れぬ嫌悪感を引きずり出す。 「  ────っ」  触手の中身が動いて、不透明の部分が先端に集まって涙をこねくるようにして吸収し……味わわれているんだと感じた瞬間、羞恥と嫌悪にぶわりと体中が総毛立つ。 「やっ やだっ! いやだっ!」 「や゛  ?」  片方が潰れた目でこちらを見上げると、魔人は不思議そうに繰り返して顔を背けるオレに沿うように身を乗り出す。  それは、触れる寸前だった。

ともだちにシェアしよう!