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 魔人が呼吸をする生き物だったならその息は肌に当たっていただろう、けれどこの距離で感じる魔人はひんやりとしていて、生き物でない体温をしていた。 「ぃや……来ないで……さ、わらな いで   」 「  ざぁ、わ゛  ない」  はぁー……と吐き出すように漏れた空気は怖気を感じるほどに冷たい。 「お゛ごる゛  おごら゛れぇ  ぇぇ゛え゛   」  魔人の声が鼓膜を震わせる度に、不愉快な音を聞いた時のように肌が粟立つ。  存在自体が生き物と相容れない存在なのだと再確認するようで、ぶるぶると震えながらわずかでも離れようと身を捩らせる。 「お゛ごる゛  お゛ごぉぉぉる゛」  ガチリと歯が鳴るせいで魔人の言葉はうまく聞き取れなかったけれど、それでも「怒られる」「触らない」と言う言葉だけは聞き取れた。  それはエステスが言っていたからなのだろうか? と、恐怖心は薄まりはしなかったけれどその考えに縋るようにして魔人の方へと視線をやる。  ありえない鈍色の肌と金属質に近い……けれど明らかに生き物のそれではない目。  喉の奥で低く唸るような音は耳障りで、両手が自由に使えたなら耳を塞いでいたと思う。  存在を、本能的に否定したくなる。 「ぁ゛  ……ぁ゛あ゛っコれ゛っお゛れ゛の゛   」  ぎぃぎぃと漏れる声が金属の軋むような音に変わる。  神経を逆撫でる音は全身をやすり掛けされたかのように不愉快だ。 「オ、オレは あんたのじゃ、ないっ」  言い返せばわずかでも魔人の声を止められるんじゃないかって言う思いに突き動かされて、叫ぶようにして答える。 「オレの体の全部っ全部全部っ! クラド様のものだし他の誰にもあげない!」  周りの岩に反響するようにオレの声が響いて消えた後は耳が痛くなるほどの静寂だけが残り、息一つすることすら憚られるようだった。  キシキシ と魔人の体が軋みを上げる。  それはまるで嵐の前に起こるわずかな空気の変化のようで、胸の底から押し込めた不安と恐怖を引きずり出すには十分だ。  恐ろしさが吐き気のように襲ってきて、胃の辺りを押さえつけられたかのように抵抗もできないまま胃の中身を吐き出してしまった。酸い胃液の逆流する感覚と慣れない吐しゃ物の臭いが鼻を突いて、生理的な涙が溢れて落ちる。  その軌跡を金色の目が追って……  鈍色の体がぎゅうっと身を縮込めて地面へと這いつくばった。  黒い口から長い舌を出して、オレから溢れたものをちろりとその先っぽで触れる。 「 ゃ、そ、……汚いっ  ゃ、 そ、れは、  っ」  口の中はまだ吐き出したものの味で気持ち悪いままだったけれど、それ以上にこの目の前の魔人の行動に目が回りそうなほどの嫌悪感を感じた。

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