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 丁寧に手入れをして艶を出したクラドの尾を思い出す。 「なんで朝でもいいか なんて思っちゃったんだろう……」  傍らの木を掴んでいる手に力を込めると、止まりかけていた血が再びジワリと滲み出したのが分かった。 「なんで、もっとやりたいことをできるうちにしておかなかったんだろ……」  オレの言葉を聞いてくれる人も動物もいなくて、辺りは疲れ果てたようにかさかさと乾いた音を立てる木々ばかりだ。  風が吹けば騒がしいのに耳が痛くなるほどここは静寂だった。 「オレ……ここから……」  口から零れ落ちそうになった言葉を飲み込んだけれど、逆にそれが悪かったのか外に出なかった「帰れるのかな」の言葉が冷たい温度を持って腹の中を這いまわっているように感じる。  それは何とも言えない不快感で、洞窟を飛び出した時はあれほど嬉しいと思ったのに今では早まったのでは……と思ってしまいそうになっていた。 「でも、あのままいても   っいやっ、逃げて正解だったんだ!」  自分に言い聞かせるように言って、山歩きには向いていないサンダルを履いた足元を見る。  室内履き代わりにと使っていただけに保護することを考えていない軽い造りのせいで足は細かい傷だらけだ、しかもそれを覆うように黒いシミが這い上がってきていて……  以前、瘴気に触れられた時は三日で意識が無くなった。  最初に触れられた時からどれだけ時間がたったのかはっきりはしなかったけれど、オレに残された時間は多くないことはわかる。  人の気配のかけらも感じられないこんな場所から人里に出たとして、そこに聖別された薬がなかったら? そこからまた再びかすが兄さんのいる王都まで何日かかる? 少なくとも王都近郊にこんな連なるような山を見かけることはない。 「……は」  笑い声のようでもあったし空気を求めて喘いだ音のようにも感じた。  応えることのないオレの零した息は静まり返った中にやけに響く。   「オレ……帰れない」  今度は飲みきれなかった呟きが自分の鼓膜を揺るがして、追いかけるようにひくりと嗚咽が零れる。  自分でも一体何が起こったのか理解できないままに、ぽたぽたと溢れ出した涙は足元の地面と……それから人の皮膚とは思えない色をした爪先に落ちて行った。     ◆  ◆  ◆    寒さを感じて身じろぐと背中にぽっとぬくもりがともる。  ひどく寒くて凍えてどうしようもなかったはずなのに、それがあるだけで体中の力が抜けてほっと身を委ねてしまえる感覚がした。 「  はるひ」  ぽつんと呟けばそれが呼び水のように胸の苦しさを連れてくる。

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