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 腕の中の体が震え始めたのに気がついて、安心させるためにその体を抱きしめる手に力を込める。 「  死ぬかもって、思った時、クラド様の毛皮を整えてない!とか呑気にそんなこと思っちゃったんですけど、それって……でも当然のことじゃないんですよね。オレ達が突然この世界に連れてこられたみたいに、明日、一時間後、次の瞬間、何が起こるかなんて誰にも分らなくて、『後でしようとしていたこと』ができなくなる可能性があるんだって  」  小さな頭が腕にもたれかかった。  華奢なのに、その存在感は俺には重くて…… 「ついさっきまで一緒にいたのに、次の瞬間にはもう会えなくなって、オレ……オレがっ死んじゃうことも、あ あるんだって思って」  震え出した体を抱きしめることしかできず、ただ黙って細い体を守るようにして力を込める。 「こうして抱きしめてもらうことも、話すことも、あ……愛し合うことも、全然……全然普通のことじゃなかったんだって!」  「死にかけて思った」と、その言葉は懺悔のように重苦しい。  この地で散って行った仲間達が最後に何を考えていたかは、俺には推測するしかできない事柄だったが、魔人に連れ去られてはるひは俺が想像もできない目にあったんだろう。  それなのに本能だからと性欲をぶつけてしまった自分がいかに低俗なのか、くだらない存在なのかを思い知らされた気がして思わず耳が下がってしまった。 「何を された? 怪我は?」  本来ならば一番に尋ねなくてはいけない事柄だっただろうに、ここまで後になって尋ねるなど愛情を疑われても仕方がないだろうと思う。 「……魔人の触手に……触れられました」 「どこを⁉︎ っ」  ざわ と体中の毛が逆立つ。 「今すぐ服を着るんだ! 俺が抱えるからとにかく下山しよう! 触れられて何日経った⁉︎ 場所は⁉︎ そんな状態で……っ」  立ち上がろうとした俺の手を掴み、はるひは緩く首を振って足を上げた。  白くて形の良い細い足が焚火に照らされて、つやりとした光を弾く。  そこには一片の黒いシミは見当たらず、足は無事だったのだと安心した。だかそれ以外は? 裸で絡み合ったのだからすべては日の光の下に晒されて、隠せるような箇所はどこにもなかった。この状況で黒いシミを見つけることができないと言うのであれば…… 「大丈夫そうだな……よかった」  ほっとしたついでに、そう言えば俺の腕に瘴気につけられた黒いシミがあったんだ と思い出して反射的に目をやった。 「……?」  反対側の手だったか? と思うも、剣を握るのに支障がなかった……と覚えているから右手ではないはずだ。

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