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「ここにいれば……安全です……」  瘴気に追いかけまわされた時の恐ろしさを思い出してぶるりと体が震えた。  魔人のように訳が分からなくても意思の疎通ができているわけではなく、魔物のように親しみのあるものの形を持っているわけでもない、完全にこの世界には存在しないイトミミズのような生き物は、じゅるじゅると絡んで這いまわり、決して機敏と言うわけではない動きなのにじりじりとこちらを追い詰めてくる。 「ここ、で、もっと助けを……」  隠しているようだったけれど、クラドが脇を気しているのに気付いているし、オレの軽装じゃ山を下るのは難しいだろう。 「俺が守る」  差し出された手に、思わず手を差し出すと力強く引かれて胸の中にすっぽりと収まってしまう。  いつもの香の匂いもしなければ香油を使ってもいないから、素直なクラドの匂いが鼻をくすぐる。  それはお日様の匂いだ。  いつもの優雅な香りも好きだったけれど、風呂上りとかそんな砕けた時間に垣間見せてくれるクラドの素の部分に胸が苦しくなった。  再びこの腕に包まれることができて……オレは幸せなんだ。 「この山には他にもこう言った場所が幾つかある、そこを目指すようにして降りて行こう。そうすればはるひも安心だろう?」 「はい……でも、クラド様、ずいぶんとよく知っているようですけど、ご存じなんですか?」  そう尋ねるとクラドはさっと周りを見回した。  なんの変哲もない、岩が窪んでいるおかげで雨を凌げて周りか見つかりにくいってだけの洞窟とも呼べないような崖下だ。 「ここは、ゴトゥス遠征の際に魔人との決戦を控えて巫女様が作った休憩地だ」 「え⁉」 「巫女様はここで、決戦前の祈りを神に捧げられたんだ」 「ここ は、かすが兄さんが?」  神妙に頷かれて、倣うようにして周りを見る。  王宮で見かけると、いつも汚れ一つない服で清楚に動き、埃の一つも立てないような優雅な動きをしているかすが兄さんが、ここで野営をしていた……と言われても想像ができなかった。 「さすがに巫女様には個別テントがあった」 「あ……そうなんですね」  けれど、かすが兄さん用にテントを張ってしまうとここはもう手狭で、遠征に集まったあの人数がここで体を休めることができるとは到底思えない。  交代で休んだんだろうか? と見回しながら思っていると、クラドの手がオレを招いた。  黒い耳が少し元気なさげにしているから、何かあったんだろうかと思っているとそのまま手を引かれて奥の方へと連れていかれる。

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