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1.大晦(10)

 やはり隆人は遥が好感を持つタイプの顔をしている。  隆人の息子の暁は隆人に似ている。滲む賢さを凜々しく朗らかな顔が和らげて、少年らしい。一方、娘のかえでは相手が大人であっても見下しているような生意気さがある。顔は母親の篤子似だ。だが、二人とも美しい顔立ちをしている。  そういえば桜木家も七人全員が美形だ。俊介と湊の兄弟を筆頭に、皆整った顔立ちをしている。むろん七人の間で方向性にばらつきはあるが、全員が全員男性として優れた容貌だ。桜谷や樺沢、あるいは分家の者たちと比べて、明らかに桜木だけは何かが違う。  歌舞伎役者の家では結婚相手を選ぶのに、歌舞伎役者らしい顔立ちの子どもが生まれるように容姿も重要視されると聞いたことがある。桜木家も何か秘密があるのだろうか。それとも単に顔面偏差値の高い家族の中で育って、相手に要求する水準が高くなってしまったのだろうか。もしそうならある意味不幸かもしれない。相手に対する要求が高くなってしまう。実際、俊介の隣に立つには、それなりの美貌を持った女性でなければ見劣りする。これは女性にとっては屈辱だろう。  視線にはっとして鳥籠の外を見た。隆人が怪訝そうにしている。 「今度はにやにやして、妙な奴だな」  隆人に見られていた。熱くなる顔を背ける。背けたのにまだ見られているのがわかる。我慢しきれず隆人に背を向けた。すると隆人が立って、わざわざ鳥籠の周りを回って遥の前にやってきた。慌ててまた体の向きを変える。 「無駄だ」  再び前に回ってくる隆人に遥は問いかける。 「どうしてじろじろ見るんですか?」 「年越しの儀の最中だからだ。大晦では鳥籠の檻越しに見つめあうことだけが許されている。そう定めに書いてあったのではないか?」  からかうような隆人に、遥は唇をへの字に曲げて沈黙した。隆人が無遠慮に覗きこんでくる。 「そうだろう、我が凰?」  仕方なくうなずく。 「はい。その通りです」 「では俺がお前を見ていることに何か問題はあるか?」 「ありません」 「俺はお前の顔が見たい。だから後ろを向くな。わかったな」  念を押すような言い方に遥はしぶしぶ元のように隆人と向き合う形に座り直した。 「それで、何をにやにや笑っていたんだ」  終わったと思っていた話題を蒸し返された。 「つまらないことです」 「聞きたいな」 「なぜですか?」  見つめてくる隆人にたじろいだ自分を叱咤せずにはいられない。  隆人が答えた。 「お前が何を考えているのか知りたい」  かあっと顔が熱くなるのを感じた。 「本当に、くだらないこと、だから……」 「答えろ、遥」  口調はやさしかったが、言葉は有無を言わせぬものだった。  遥は深く息を吐くと、隆人と目を合わせないようにして早口に答えた。 「桜木家のみんなは全員きれいな顔をしているなってことです。もちろん他の家にもきれいな人はいるようですけど、全員が全員そろって美形ってのはすごいなって――そんなささいなことです」  笑い飛ばされると思っていた。だが、いつまで待っても隆人からは何の反応もない。いぶかしく思い目を向けると隆人の顔には歪んだ笑みを浮かんでいた。  遥の視線に気づいた隆人がゆっくり口を開く。 「その通りだ」 「え?」 「桜木は全員が整った容姿だ。そうあるように定められた家だから、仕方あるまい」 「どういうことだ? 定められたって何だよ?」  問い返した遥に背を向け隆人が立ちあがった。次の間へ続く襖の方へ歩いていってしまう。思わず大声を出していた。 「どこへ行くんだよ?」 「手水だ」  振り向きもせずにそう言うと隆人は自ら襖を左右に開け放った。次の間にいた碧と諒がぎょっとして隆人を見あげた。すぐに慌てて次の間から廊下へ出るための障子を開けに行っている。  足早に次の間を通り抜けて行った隆人の姿は、世話係の閉める障子で見えなくなった。ついで襖が閉められ、遥は鳳凰の間にひとりになった。  思わず遥は毒づく。 「何なんだよ、今の態度は」  膝を崩し、長着の裾も乱してあぐらをかいた。あんなふうにはぐらかされると、自らに課した「凰らしく振る舞う」ことが馬鹿らしくなる。  隆人の表情は含むところがあり過ぎだった。  桜木家の人間がなぜ容貌、容姿に恵まれていなければならないのか。しかも隆人は「家として」と言った。ということはその優れた彼らの姿に価値があるということだ。美しさに価値がある存在など、遥には芸能人くらいしか思いつかない。そして桜木はそのような使い方をされてきていない。一族復帰以前はあくまでも隆人が個人的に雇った秘書として働いていたそうだし、今は遥の世話係だ。  加賀谷の一族は家ごとに果たすべき仕事が決まっている。多くは加賀谷精機に勤めているが、傘下の会社を経営している分家もあるらしい。五家は分家と違い、基本的に加賀谷本家に尽くす。樺沢は加賀谷本家の内向きの用のために仕えており、桜谷、滝川は本家の人間の護衛、建物警備のために存在する。  桜木家も武の家だ。仮の凰であった遥が披露目を成し遂げた直後、凰の信頼が厚いという理由で一代限りの復帰を認められた。当然本来の仕事は本家当主などの護衛が主な仕事だと聞いた。詳細を隆人は語らないが、主命や護衛のためならば人を殺傷することも厭わないらしい。ただ「主な」という言葉がつくということは、別の仕事もあるということになる。  遥の生活の細々した部分を支えるのは本来の仕事ではないはずだ。むしろ樺沢家がふさわしい。ただ仮の凰時代から遥が俊介や湊に慣れている上、凰に護衛は必須だ。そのために遥の側には引き続き桜木家が配されたのだろう。これは隆人の判断に違いない。

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