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1.大晦(20)

「我が凰の身、心、一点の曇りもなく澄み渡り、清められたり。ゆえに問う。我に向かいて答えよ」  問いかけがあるとは思わなかった。しかも隆人の口調からすると、返答もそれなりの言い回しでなければならないらしい。  隆人を見つめる。鼓動が急に速まり、胸を内側から叩かれているようだ。胃も緊張に締め付けられている。  隆人がゆっくりと口を開いた。 「そなたのその清き(まなこ)に映りしものは何か」  遥は震える唇で答える。 「わ、我が鳳様のお姿にございます」  これは確か定めに書かれていた気がする。 「そなたの汚れなき身に触るるものは何か」 「鳳様の御手にございます」 「そなたの潔く真白なる心に宿りしものは何か」  この問いは凰となってまだ間もない頃に読んだ定めにあった。言い回しには自信がない。 「わたくしを愛おしんでくださいます、我が鳳様にございます」 「そなたの望みは何か」 「わたくしが望むは我が鳳様の望みしことが叶うこと」 「そなたの喜びは何か」 「鳳様がお喜びくださること」  矢継ぎ早に浴びせられる問いの最後はこういうものだった。 「そなたは我と(つが)い、和合し、新たなる年を我とともに鳳凰となりて迎うることを望むか。新たなる年も我とあることを望むか」  読んだ覚えのない問いだった。遥は喘ぐように息をし、乾いた唇で言葉を紡ぐ。 「御身とともに鳳凰となりて、新しき年も御身とともに過ごすとことを切に望みます」  手をつき、隆人の前に頭を下げる。 「末永く愛でていただけますよう相努(あいつと)めます。お導きのほどどうかよろしくお願い申し上げます」  知識の断片をかき集め、遥なりに出した凰らしい答えがこれだった。  凰として服従の姿勢を見せるのは、今日何度目だろうか。それに徐々に抵抗がなくなっていく自分が不思議だ。もっともこんなことを考えるようでは、真に凰らしいとは言えないかもしれない。  隆人が立ち上がったようだ。すぐに鳥籠の中へ入ってきた。 「遥」  やさしく名を呼ばれ、遥は顔を上げる。  畳についていた手をすくい上げるように取られ、肩を抱かれて胸に引き寄せられた。  ほっと息がこぼれる。  人の体に触れることに安らぎを覚えている。以前は他人と肩が擦れ合うことでさえ、疎ましく感じていたのに、なぜこんなに隆人の温もりはうれしく、気持ちが落ち着くのだろう。  肩に触れていた手が回りこんで遥の顎に触れた。  上向けられながら自然と唇を緩め、隆人の口づけを受けとめる。  その瞬間、電撃のような震えが全身を貫いた。  触れあった唇の熱、遥を求め咥内を蠢き翻弄する舌の力強さは、今日一日ずっと望んでいたものだ。  隆人に触れたかった、ずっと。  握られていた手が自由になった。隆人の手がそのまま遥の背を滑り、体を抱きこんできた。遥も隆人の背に腕を回し、貪るような口づけに応える。  キスを繰り返しながら、ゆっくりと隆人に押し倒されてゆく。その重みにさえ、鼓動が速まる。遥をまさぐる隆人の手にぞくぞくするような感覚を引きおこされ、それを返したくて隆人の体を撫で、抱きしめる。乱れた裾からあらわになった脚をも隆人の脚に絡めて、全身で自分を求める相手の存在を確かめた。 「遥、遥……」  耳を隆人のささやきが吹きこまれるたび体がびくりと跳ねる。名前を呼んでくれる隆人の息の熱さに(あぶ)られているようだ。  胸元に手が差し込まれた。きっちりと着付けられた衿を強引に広げようとする手に帯が少し苦しい。  手は動きにくそうにしながらも、奥まで入り込むと何かを探すように長襦袢の胸を這う。 「あっ」  声とともに腰が跳ねた。その尖りを見つけた爪がかりかりと長襦袢を引っ掻く。刺激は焦らされ続けた体を稲妻のように走りぬける。絹一枚を挟んだもどかしさに、遥は頭を振り身を捩る。 「あ、ああ……、ん……」  声が喉の奥からあふれる。抑えたくても、抑えようのない濡れた声だ。その自らの声のいやらしさに抱く羞恥が、遥の体の芯をさらに熱く溶かしていく。  それでも物足りない。もっと直接に刺激がほしい。  遥は隆人の肩に縋った。 「お、び、帯、ほどいて」 「どうして?」  隆人が耳殻を舐めながら囁いて、遥はのけぞり逃げた。 「ぬ、ぎたい。ちょくせつ、触られ、たい、から」 「せっかちすぎだ、遥」  隆人の片手が乱れた長着と長襦袢の裾を割り、するりと内腿を撫であげた。 「ひぁっ」 「これで満足か?」  しかしその手は触れてほしいものにはまったく届かない。意地の悪い言い分に遥は隆人の襟を掴んだ。 「き、ょうはおとなしく、我慢したんだから、じらすな、もう」  隆人が口づけてきた。それに舌を絡めながら下腹を擦りつける。隆人の欲望も硬く充実しているのがわかる。遥が屹立を撫でたら、手を引き離された。

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