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1.大晦(21)

「た、かひとぉ」  首筋で隆人が皮膚をきつく吸い上げる。痛みさえ感じるのに気持ちがいい。もっとと首をさらすと舌に舐められた。 「定めを、読んだのだろう? 今から焦ってどうする。じっくりと互いを味わいつくしてこその年越しだぞ」  遥は胸の奥から熱い息を吐いた。  そうだった。これは儀式だ。鳳と一族外の凰とが迎える初度の年越しの儀。欲望に流されてしまってはいけない。定めに則って年を越えなくてはならない。  わかっているのに、何をされてもどこに触れられてもすべて快楽になってしまう。それどころか自分の体の反応にさえ、気持ちが高ぶっている始末だ。  無意識に体をのたうたせ、隆人の胸に顔を、腰に下腹をすりつけていた。恥ずかしいとは思わない。隆人がほしい。それを正直に伝えることは、一族外の凰にとっては正しいことだ。 「なら、もっと、おれを味わえ。おれの、くちびるも、耳も、胸も、背中も、足の指から髪の先まで、爪の先まで、かわいがれ」  くっと隆人が笑った。 「こんな横柄で欲張りな凰はなかなかいないぞ」  遥は隆人にしがみつきなおし、隆人の耳に言葉を注ぐ 「こうなってほしかったんだろう?」  隆人の腕が遥の細い体をしっかりと胸に抱きこみ、指が髪を梳いてくる。 「ああ。そのとおりだ。愛しいわが凰」  遥は隆人の肩に額をこすりつける。 「十二月、俺をほったらかしにして」 「素直に来いとねだればよかったものを」 「忙しいってわかってるのに呼べるか。それよりは順調に仕事が進めって祈る」  隆人が遥の目を覗いてきた。 「祈ってくれたのか」 「当たり前だろ? 俺はあんたの凰なんだから」  上目に見ると、温かい眼差しの隆人とまた唇が重なり合う。  十二月に入っての隆人の(おとな)いはたったの二度だった。自らの手で欲望を散らしたものの、抱かれることに馴染んだ遥の体は完全には満たされない。  その挙げ句に、今日だ。  隆人とのセックスがもたらす快楽とそれを得ることがいかに正しいかを、十ヶ月かけて頭と体に叩き込まれたというのに、今日に限っては駄目だという。息づかいを感じるほどに近づけるのに檻に阻まれ、手以外は触れることも触れられることもできず、ただ見ているだけだった。  やっと日が暮れて禊ぎも済み、触れあうことが許された。  俺を味わえ、と遥は思う。俺も隆人の体を堪能し、追いつめてやる。隆人が焦るほどに悦び、涙を流してやる――  遥は隆人の胸の上に乗った。唇を奪い、耳朶を甘噛みし、しゃぶる。隆人に頭を押さえられた。 「くすぐったいぞ」 「俺も隆人を味わっていいんだろ? 互いを味わいつくしてこそ、と言ったよな」  笑んだ唇に垂れた唾液を手の甲で拭う。隆人が笑った。 「そういうことは聞きのがさないんだな」  互いの帯の結び目を緩めあう。まとわりつく帯の中で上になり、下になって抱き合い、何度もキスをする。体がいっそう熱くなり、根元を押さえるベルトがきつくなる。 「たかひと、ベルト、痛い」  甘えるような声が出て遥は自分でも驚いた。 「ああ、ずっと着けたままというわけにはいかないな」  隆人が遥の長襦袢の裾を割った。遥の色鮮やかな屹立があっさりと露わにされる。 「自分で外せ」 「隆人が外してくれよ」  口を尖らせた遥に隆人が素っ気なく応じる。 「触れたら遂情しそうになっているペニスに(さわ)れるか」 「けち」  遥は食いこんだベルトを伸ばしながら金具を外し、一息ついた。  楽になったそれを擦ってもらいたい衝動に駆られ、隆人ににじり寄る。 「しばらく大人しくしておけ」  畳の上に遥は両手首を押さえこまれた。 「なんでわかったんだよ」  遥は隆人を見あげる。隆人が笑った。 「ほてった頬で目を潤ませて、股間から手を遠ざけないのを見たら、誰でも気がつく」 「じゃあ、いつになったらいいんだよ」 「もっと夜遅くになってからだ。お前は敏感すぎる」  遥は深いため息をついた。 「敏感でいいと言われたり、駄目だと言われたり。まったく勝手だな」 「初度だけだ。来年からは自由になる」 「ちゃんと年を越せればな」  遥の手首を放した隆人が、そっと遥を抱きよせた。とても温かく力強い体だ。 「お前なら大丈夫だ。俺は信じている」  遥は胸を突かれて、隆人を見た。その微笑みはやさしい。信じられていると思うと反応に困る。遥は頬を膨らませて、隆人の鎖骨に押しあてた。  隆人の胸に手を当てると鼓動が伝わってきた。  生きていると感じる。この加賀谷隆人という男とともに。それはこの年を越えて終わりではなく、来年もその次も続く。そのために遥は隆人を思い、祈るだろう。

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