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3.一月二日、三日(4)

「鳳のおおとり様に申し上げます」  皆が目を伏せている中、紫が視線とともに顔をいくぶん起こした。 「御身につがいし凰のおおとり様は、いささか御振る舞い、お言葉など荒々しゅうございます。凰のおおとり様は御自らの尊きお立場のご理解浅く、御身とともにあるにはふさわしからず」  遥は目を瞠ってから苦笑した。これついては弁解の余地はない。 「確かにそれは否定しかねるな」  隆人も笑いをこらえるような調子で返答した。それを受けて紫が語調を強める。 「鳳様におかれましては、凰様へのご処分を――」 「お待ちあれ、鳳方(ほうかた)の」  紫を制したのは、則之だった。 「我ら凰方(おうかた)の存念、鳳のおおとり様にお聞かせせずして、御世話係の総意とさるるは早計に過ぎまする」 「では凰方の見解を聞かせよ」  隆人の求めに則之が向きを改め、頭を下げた。 「鳳のおおとり様に申し上げます。鳳方紫()の仰せられしことを真っ向から打ち消す所存はございませぬが、凰様は加賀谷とは無縁のお育ちであることをお忘れかと存じます」  則之の視線が紫に向かう。 「未熟なる(てい)より申しあぐるははばかりなれど、あえて()に申しあげます。今現在の凰のおおとり様は直人(ただうど)であられた方。加賀谷のうちにて育ちし我らには息をするがごとく自然なことどもも、凰様におかれましては奇異にお思いあそばし、ご理解いただけぬやもしれぬは致し方なきこと。そを失念するは、御世話(おんせわ)務むる者としてはあまりに驕り高ぶった態度ではございませぬか」  紫がわずかに眉を寄せた。則之の言葉は続く。 「まして我らが凰のおおとり様は凰となられてより、未だ十月(とつき)にも満たず。にもかかわらず鳳のおおとり様との御仲のむつまじさは比べるものとてございますまい。大晦の忌み明けよりの三日三晩、凰様が鳳様によくお尽くしなさいましたこと、鳳方も重々ご承知と思うておりましたが、いかが」 「そは、確かに……」  紫が口ごもる。そこへ更に則之が追い打ちをかけた。 「凰様は鳳様に慈しまれてこそ、その真価をお見せあそばす御方。立ち居振る舞いは凰としてのお暮らしに馴染まれれば、自ずと備わっていかれるものと(てい)は思うておりました。加えて申せば、御披露目の後すぐに鳳様とご相談あそばされ、今現在は小野(おの)季楓(きふう)先生に教えを請うておいででございます。そのご努力のほどはお側にお仕えする我ら凰方からいたしますれば、まこと頭の下がる思いがいたします。その甲斐あって凰様は小野先生よりお褒めの言葉も賜っておいででございます。その師の御言葉をお疑いあるのか?」  則之の言葉に遥は下を向いて苦笑する。  確かに褒め言葉はもらった。が、あれは初めてがあまりに悪すぎたので小野女史の評価が狂ったと遥は思っている。それに隆人の言っていた「筋がいい」というのも、実は言われた言葉の冒頭だけなのだ。小野女史は、遥と付き添っていた則之に向かって、 「筋は良くていらっしゃいます。が、本物となるにはまだまだお励みいただかなくてはなりません。よくよくの御覚悟をお持ちくださいませ」  そう言ったのが真相だ。  凰の世話係は凰の不利になりそうなことは言わないとはそれとなく聞いていた。そしてこの則之の弁護はありがたい。ありがたいが、少々尻がむずむずしてきた。  急に視界の隅で隆人が体を動かしたので、隣を向いた。  隆人は二人のやりとりを明らかにおもしろがっている。いや、それどころか今にも噴きだしそうなのを必死に堪えているらしい。しかも何かを見て笑いを堪えているようだ。  遥が隆人の視線の先を追うと、それは紫だった。  どうも紫のようすがおかしい。則之の反論に困惑なり不快なりを返してもいいはずなのに、どうも違う気がする。  しばらく見つめていて違和感の原因がわかった。反論された紫も、実は笑いを堪えているのだ。うつむき加減で唇をかんでいるのに、頬のまろやかなふくらみが目のすぐ下へと持ち上がっている。肩もわずかに震えているようで、明らかに笑いを隠しているではないか。 「他の者の意見はどうだ?」  隆人がその空気を断ちきるように声をかけた。 「恐れながら申し上げます」  優しい少年めいた声は、洋だった。最年少でこのような公式の場で発言することに慣れていないと見え、洋は頬ばかりでなく耳も首筋も赤くなっている。 「凰様はお仕えすることが当然の我らへのねぎらいをくださる、大変御心優しき御方にございます。(いにしえ)の凰様の中には尊きご身分と成られてよりのち、奢侈(しゃし)に流れ、加賀谷のご身代(しんだい)を危うくなさった方もおいでと承っております。しかし、凰様はまったく欲のない御方。御身まわりの品なども私どもよりお勧めしなければご購入なさいません。わたくしは今代(こんだい)の凰様にお仕えできることを心よりうれしく、またありがたく思っております」

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