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第3話 恩人
「ずいぶん仲がいいんだね」
「日野中将 」
カツッ
靴音を鳴らして敬礼する。
「九条 君、私に敬礼は要らないよ」
「中将は恩人でありますので」
「堅苦しい敬語もやめなさい。軍は退役した。今の私は外交官、一民間人だ」
……と言われても、俺の気持ちは中将のままだ。
ベルサイユ条約を締結し、第一次世界大戦は終戦した。
世界は軍縮に向かう。
軍需産業の技術は、エネルギー産業に転用された。ニホン軍組織も改変された。
俺の所属していた陸軍特殊部隊は、航空開発支援課に名前を変え、有事の訓練を行いつつ、航空産業に従事する事になった。
だが、パイロットの俺に新たな飛行機の開発ができる筈もなく……軍に所属しながら、通訳の仕事を紹介してくれたのは中将だ。
本来なら、俺みたいなのが就ける職ではない。
(俺は真兵 だから)
明治時代から続くニホンの富国強兵策により、俺は徴兵された。
真兵とは物心つかぬ赤子の時に徴兵され、遺伝子に手を加えた強化兵の事だ。
親が分からないから、真兵には一から九の数字を割り当てて「条」を付ける。
俺は九条。
国家により振り与えられた記号が名字だ。
名前は……誰が付けてくれたのだろう。
真兵は遺伝子操作により与えられた特殊技能と引き換えに、Ωになる。
外見上の雌雄・第1性に対し、Ωは第2性にあたる。
第2性にはα β Ωの三つがあり、国民の約90%がβだ。
αは全ての能力と生殖力でβよりも遥かに有能な資質を備え、βとΩを従える。
Ωは放精での生殖能力が失われている代わりに、雌雄問わず受精能力を有している。
しかし……
社会のヒエラルキーは最底辺。
αとβに支配される。
遺伝子強化により、技能を向上させた真兵の反乱を防ぐための国家政策だ。
元のβからΩに第2性の転用を受けたΩ型βの俺に、この職場は勿体ない。
中将は真兵の俺にも、分け隔てない手を差し伸べてくれる。Ωだからといって差別しない。
この方の恩に報いたいと思っている。
「敵国の捕虜を大佐と呼ぶか……」
黄昏の風が凍る。
夕暮れの光を浮かべた中将の瞳の中で。
「それで……」
口許に微かな笑みを浮かべた唇が囀った。
「君は捕虜と仲良くしてるんだね」
表情とは真逆の感情を察して、気持ちが引き締まった。
「大佐は俺の職務を補佐して下さっていますので」
「彼と仲良くするのはやめなさい」
「ですが」
中将から笑みが消えた。
「彼はドイツのスパイだ」
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