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第18話
「大佐!」
息を切らして走り着いた俺を、神妙な面持ちで大佐が受け止めた。
「ドイツ全空港が封鎖されました」
理由が分からない。
「ニホン政府は何かを隠しているのでしょうか」
「どうだろうね。空港封鎖については、私の耳にも届いている。あるいはドイツが隠そうとしているのか……」
軍部からは空港封鎖のため、大佐のドイツ帰国は延期になった……と。それだけ言い渡された。
眉間をひそめた大佐が、意を決して耳元で囁いた。
「部下を使ってドイツの情勢を探らせている。ヴァイマル首相が急死された」
「えっ」
「しっ、静かに。まだ公にされていない極秘事項だ。もっとも、いつまでも隠し通せるものでもないが」
「まさか、ドイツで内乱が」
「考えたくはないが、可能性の一つとして排除できない」
ようやく戦争が終わったというのに……
「ソーマ。君はドイツの国政を知っているかい」
「確か、共和制かと」
「そう。国民の代表が元首となって政治を行う共和制だ。けれど……」
ふと大佐の顔が曇った。
「ドイツにはまだ君主が存在する」
「それは……」
どういう事だろう。
ニホンは議会制民主主義の立憲君主制だから首相とは別に、君主……天皇が存在する。
しかし、ドイツは……
「先の革命……帝政ドイツを解体して、現在の共和制ドイツが誕生した。しかし、歴代首相……いや、国民は皇帝の存続を許したんだ。
革命に協力した貴族が、特権を手放したくなかったんだよ。……いや、違うね。特権・権益の存続を条件に、貴族が革命に協力した。
だから共和制の国に、未だに貴族というものが存在する。実に愚かな事だよ。かく言う私も伯爵家なのだから、皮肉なものだ」
大佐……
「話を戻そうか。ドイツには皇帝が存在する。政治的権力は一切持たない。しかし……」
「ドイツが内乱状態だとしたら、皇帝が原因かも」
再び権威を取り戻そうと。
「まさか首相は、皇帝にッ」
「しっ、そこから先は言ってはいけないよ。確証のない憶測は、不要の争いを招く。首相には持病があったからね。何とも言えない」
不意によぎった暗殺の二文字をグッと押し留めた。
「ソーマ、私はドイツに戻るよ」
「でも空港が」
「だから……君にお願いしたい。飛行機を何とか手配して貰えないだろうか。飛行機だけでいい。操縦は私がする」
「それは……」
政情不安定なドイツへの帰国は危険なのではないか。
「君にしか頼めない。お願いだ」
藍色の双眼が俺を見つめた。
ハッとして視線を逸らすけれど、逃れられない。大佐の真摯で思い詰めた気持ちから。
俺には、この人を……
「分かりました」
止める事はできないんだ。
「ありがとう……ごめん」
抱きしめられた腕の中で震える。
ビクンッと揺れた体を安心させようと、大佐がぎゅっと強く、胸の中に抱いた。
鼓動が速くなるのは、きっと不安……
大佐の母国は最早、安全とは言えない。なのに俺は大佐を送り出そうとしている。
「情勢が安定したらすぐに君を呼ぶよ。その時は君も……」
「ダメです。それじゃ」
「えっ」
ハッとして、大佐の目が見開いた。
「大佐ではパイロットは務まりません」
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