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第35話

「旋回します」  重力と遠心力が肺を押し潰す。  乱暴だが余裕はない。 「掴まって下さい!」  グォンッ  機体が揺らぐ。  エンジンが轟音を上げた。  大佐も気づいている。  違和感に。  双眼鏡を目元に当てている。 「クッ」  胸の底に歪んだ濁りを大佐が吐き捨てた。 「卑劣な……」  眼前の光景に息を飲む。  一斉機銃射撃……だ。  容赦ない。  俺達が逃げれば銃口が火を噴く。  俺達にではない。  堕ちたフォッカーD.Ⅶ  彼ら操縦士のいる地上へ  機銃掃射する。  警告ではない。勧告でもない。  命を盾にとった脅迫だ。 「なんて事を」  こちらは哨戒機……それも廃棄寸前の機体だ。  武器がない。 (特攻はかけられない)  大佐が乗ってるんだ。  大差を無事にドイツへ入国させるのが、俺の使命だ。特攻はパイロットの責務を放棄したのと同じだ。 (特攻をかけたとしたって、何の解決にもならない)  撃ち落とせても、せいぜい2、3機が関の山だ。  大群の中の2、3機を落としたところで、機銃掃射は止まらない。 「∑−02を」 「大佐」  その信号は…… 「犠牲はやむを得ない……なんて只の言い訳だ」  分かっている。  これは苦渋の選択だ。 「この戦闘で死者は一人も出させない」  だから…… 「彼らに従おう」  我々は降伏する。

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