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分け合う体温 *

「湯治ならここがよござんす。獄都で不便がありんしたら、いつでも呼んでおくんなまし。」 「狢、牛頭はいいのか?」 「ご心配などいりんせん、腐っても獄卒でありんすから。」 「逢引中にすまなかったな。しかし助かった。山と違って勝手がわからん。」  狢は実に丁寧に湯治宿まで案内をしてくれた。道中興味深そうにキョロキョロと当たりを見渡す天嘉をみて、幼子のように稚い、可愛らしいお方でありんすなあと地母神のような暖かな笑みで見つめられ、なんだか面映ゆくなった天嘉が蘇芳の後ろに隠れたりもした。  狢の眉がないのは表情を読まれない為と、今日のように妓楼に忍び込むときに化けやすくする為だという。狢は亡者の罰を下す役も行っているようで、眉ありでやるよりもずっと効果があるらしい。  湯治宿までの道中話を聞いた天嘉は、プロ意識ぱねえといって狢を笑わせた。 「なるほど、ぷろとは職人気質といいなんすことでありんすか。天嘉殿のお国は独特な言葉でござりんすなあ。」 「うん、でも狢のもすごいと思うけどな。」 「おやまあ、お褒め頂くほどのことではございんせん。出自を隠す意味もござりんす。」 「ミステリアスじゃん。かっこよ…」  蘇芳が狢にキラキラとした目を向ける天嘉の肩を抱く。俺もいるのだぞというアピールなのだが、狢は蘇芳の様子に小さく笑うと、その天嘉の手のひらを返す掬い上げてキュッと握った。 「あちきのことをお気に召して頂き、ありがとうございんす。その角笛であちきも呼べるようにしておきんす。牛頭よりもあちきのおゆかり様になってくんなましね。」 「これが美人局!」 「よくわからんが、今日もお前は楽しそうだなあ。」  ほうっておかれて暇になったらしい。蘇芳は狢の手から天嘉の手を回収すると、そろそろ行くぞと促した。狢は、蘇芳の主様もヤキモチを焼くことがあるのだなあと、改めて誂い甲斐のある御仁であると愉快そうに笑う。  天嘉は湯治に来たことをすっかりと忘れていたらしい。蘇芳の指摘にそう言えばそうだったとハッとすると、もにょりと照れくさそうに口をもぞつかせた。 「んーと、じゃあ、ばいばいでやんす?」  たしかこんな感じだったっけ?と曖昧さの残るまま天嘉がゆらゆらと手を振る。狢はその妙竹林で耳障りのいい言葉に吹き出すと、楽しそうにケラケラと笑う。どうやら狢のつぼをついたらしい。 「ばっ、ふ、ふふふっ、あい、んふふっ」 「なんとも気の抜けた挨拶だな…」 「あり?ちがった?」 「西の方の言葉でありんすね、あい、ばいばいでやんす。」  ああおかしい、そう楽しそうに言うと、目尻に滲んだ涙を拭う。  天嘉は狢のミステリアスな所が心のむず痒いところを刺激するらしく、まるでヒーローを見たかのような、そんな憧れを抱く輝く目つきでムジナをまっすぐに見つめると、ふるふると手を揺らして挨拶を返した。どうやら天嘉の中での狢は随分と好印象だったらしい。興奮したように蘇芳に飛びついた。 「狢すき!!やべえよ、俺もあんな落ち着きのある大人になりたい!」 「なんだと、俺を差し置いて狢か。お前の憧れは俺のみで完結しろ。」  蘇芳と天嘉のやりとりを小耳に挟みながら、狢はふすりと小さく笑う。どうやら己は天嘉の憧れ認定をされたらしい。ただ案内をしただけなのに、随分と評価が上がってしまったことが少しだけ面映い。夫婦揃って気立の良い二人だ。純粋な好意を向けられたことで、牛頭によってささくれ立ってしまった狢の気持ちは浮上した。  湯治宿に、仲良く言葉の応酬をしながら入っていく二人の後ろ姿を見送った。蘇芳も随分と幼い若妻を娶ったとは聞いていたが、自分の想像よりも遥かにしっかりしている。  同性に下心なく慕われるという心地よさに少しだけ口が緩む。なんだか嬉しかったのだ。住む場所は違えど、狢は可愛い弟分ができた気分である。見た目は歳が近く見えても、天嘉のほうがずっと幼い。まさか牛頭の知り合いにこんな愛らしい男子がいたとはつゆ知らず。  こんな事ならもっと早く出会いたかった。  あの子に恥じぬ獄卒でなければ。そう心に刻み込むと、狢は案内をかって出たときよりもご機嫌な様子で来た道を戻っていった。 「自炊はせんでいいだろう。まあゆっくりと休もう。」  蘇芳は宿の店主にゆったりと過ごしたいから、あまり干渉はしないでくれと告げると、飯盛女はどうしますと聞かれていた。  天嘉は当たり前の如く初耳ではあったのだが、意味合いとしては性的な接待を伴うものの隠語だったらしく、蘇芳はむすくれた顔で要らぬというと、腹の膨らんだ天嘉の腰に腕を回して抱き寄せた。  店主の妖かしは、腹の膨れた天嘉を見ると、慌てて取り繕うように野暮を申しましてと謝ったが、そのまま部屋札をもぎり取って案内を断った。 「まったく、周りが見えていなさすぎる。いくらここが歓楽街から近くても、湯治宿の本分をわきまえろという話だ。」 「え?なんかキレてる?どうしたんだっ、て、わっ!」  蘇芳は部屋に入るなり天嘉の体を抱き上げると、すでに用意されていた布団のにあぐらをかいて膝の上へと座らせた。なんの前触れもないその行動に天嘉は驚きである。まさか入ってすぐに褥に連れ込まれると思わなかったからだ。 「え、ヤんねえよ!?」 「今は抱かぬ。しかし腹が立っているからな、悪いがお前で癒やさせてくれ。」 「うん?つまりなにすんの、」 「寝る。」  端的に答えた蘇芳は、膝に載せた天嘉の浴衣をひん剥いて下着だけにすると、そのまま抱きしめて横になる。  なんで蘇芳だけは服を着ているのだろうか。天嘉は頭に疑問符を浮かべながら、もそもそと蘇芳の着物の合わせ目から手を突っ込むと、そのまま素肌を撫でるようにしています背中に手を回す。 「…おい、あまり可愛らしいことをすると抱いてしまうぞ。」 「やめろや。てか布団被ってても指先が冷たいんだよ。俺末端冷え性だから。」 「確かに冷えているな。どれ、一眠りしたら湯に浸かろうな。」 「ん、」  蘇芳が天嘉の髪を梳くと額口付けた。そのまま天嘉は手を抜かぬまま、自身の素肌に重ねるようにして蘇芳にピタリとくっつけて身を寄せる。当たり前になったこの距離が嬉しい。蘇芳はその細い体に布団をかけてやると、いそいそと抱き込んで旋毛に口づけた。  家とは違う寝具で共寝をするというのは、なかなかにそわりとくるものがある。腕の中の天嘉の鼓動が心なしか少し早い気がして、緩む口元を誤魔化すように瞼を瞑った。  皮膚の接触面が多ければ、譲渡できる妖力だって多くなる。それも天嘉はわかっていての行動である。母として子を想う気持ちが出ていうのだろうと、蘇芳はご機嫌にその華奢な母だを抱きすくめる。しかしながら、蘇芳はすっかり失念していた。天嘉は己の妖力に酩酊しやすいということを。 「おお、」  あれから二時間ほど二人で眠りについたのだが、蘇芳ははだけた己の胸元を見て感嘆の声をもらした。  着物の合わせ目から天嘉が手を突っ込んでいたので、上半身は布地を引っ掛けているだけになってしまってい流のはわかる。しかし、己の体を見れば、小さな歯形がいくつもついていた。言わずもがな、腕に抱き込んだ天嘉に他ならない。 「んん、んー…」 「まるで子犬のようだなあ。」  あぐあぐと蘇芳の素肌を甘く噛みながら、ぷうぷうと寝息をたてている。なんとも器用なものだなあとまじまじと寝顔を見つめれば、口端から涎を垂らしていた。  寝ながら口寂しくなったのだろうか。だとしたら実に可愛い。蘇芳はそっと身を屈ませてその唇に吸い付くと、垂れた唾液を舌で舐め取った。 「ほら、起きぬと悪戯をしてしまうぞ。」 「ふあ、?」  下唇を軽く甘噛みをしてから唇を離すと、寝ぼけ眼の天嘉がうすぼんやりとした様子で見上げてきた。濡れた唇に再び唇を重ねると、ふぐ、と妙な声をもらした。 「んん、なぁ、に…寝ようよ…」 「湯にいくのだろう?」 「ねむい、」  クスクスと楽しそうに笑う蘇芳の胸元に、天嘉が額を押し付ける。どうやら身重の体で歩き真綿から疲れてしまったらしい。蘇芳は天嘉の頭を胸に押し付けるようにして抱き込むと、促されるように再び横に寝転んだ。  引き締まった腰に、天嘉の白い足が絡む。抱きまくら状態になってしまった蘇芳はというと、これはこれで実によろしいとにっこりと笑うと、遠慮なく晒された天嘉の白い太腿に手を這わせる。 「んん、よし、よ…し…いいこ…んむ、」 「うんうん、そのまま寝ぼけていろよ。」 「んう、あ?」 「なんでもないさ。ふふ、」  もにもにと手に吸い付くような素肌が気持ちいい。天嘉の下履きの裾から手を侵入させると、そのなめらかな素肌を楽しむようにして尻を撫でる。  蘇芳は甘い香りのする胸元に顔を埋めると、野暮な胸のさらしの一部を咥え、器用に緩める。僅かに見えた素肌に空いている手を差込んむと、その布地の隙間から薄い色の胸の頂きを外気に触れさせる。その微かな刺激に反応したのだろう。天嘉は小さく身を震わして吐息を漏らした。 「甘い香りがするな、」 「んぁ、う…?」  体をずらし、そっと天嘉の胸元に鼻先を埋める。天嘉はというと、ゆるゆると腕を上げると、蘇芳の頭を撫でるようにして抱きしめる。寝ぼけながら、蘇芳を甘やかそうとしてくれたらしい。蘇芳はそれを僥倖と受け取ると、実にご機嫌な様子で胸元に鼻先を埋め、押し付けるままにはぷりと突起を口に含む。   「ん、っ」  小さく反応した天嘉を宥めすかすようにそっと背中を撫でてやる。様子を見つつ、淡く色づいた突起を舌で刺激するように舐め上げた後、ちう、と緩く吸い付けば、まるで糖蜜のような甘さが口の中にじんわりと広がった。  育てられた母の乳の味は忘れたが、己の番のいやらしく膨れた胸の頂きを愛撫するのは気に入りだった。 「は…あ…なに、ぃ…」   頬を染めながら、ゆるゆると蘇芳の頭を撫でる。のんびりとした口調にまだ寝ぼけているのかと顔を上げたが、どうやら様子は違うようである。 「なんで、すってんの…」 「むず痒いといっていたからなあ。天嘉、おまえ少々酔っているな?」 「ん…?きも、ちぃ…」  とろりとした蜜のような瞳で見つめ返される。目元が赤らんでいて、色っぽい。蘇芳は天嘉の胸をやわやわと刺激をしながら、見下ろしてくる天嘉の唇を掬い上げるように口付けをすると、その髪を耳にかけてやった。 「兆した、抱くぞ。構わんな?」 「だく…?」 「お前は寝てても良いということだ。」  その身を引き寄せ唇を重ねる。数度の口付けで答えてきた天嘉の舌を絡め取りながら、下着の前を寛げた。  血管が走り、その後のことを期待している蘇芳の幹に触れさせると、ちぅちぅと蘇芳の舌に吸い付いた天嘉の手のひらが、そっと先端を撫でるようにしてゆるゆると握る。  馴染まぬ新しき敷布団の上で、素肌を重ねて昼寝だけで終わるはずがない。蘇芳はまるで最初から決めていたかのように妖力に酔っている天嘉の身体に手を這わせると、その足を開かせて脚の間を陣取った。

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