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ニニギの言い分

「あんた巫山戯んじゃないよ!!どこさわってんだいこのど助平!!このニニギに触れていいのは天嘉と死んだ旦那だけさ!!」 「いってえ!!こんのくそ阿婆擦れ!!大人しくお縄につきやがれっ!!」 「馬頭!馬頭ばか!ちっとくらい話聞いてやれってば!!」  狢の目の前で、天嘉と馬頭がニニギを前にして騒がしいやり取りを行っていた。  天嘉の角笛の音がしたとき、丁度馬頭も狢も同じ場所にいた為である。  脱走したニニギはいわゆる執行猶予中であり、今日のことがなければ期間は満了し、晴れて刑罰からは免れるとのことであった。  狢は、馬頭と共に駆けつけた際に、たいそう仰天した。それは、ニニギがやけにご機嫌であったからだ。相反するように蘇芳はげっそりとしていたが、その二人の差を見るだけでもなんとなく察した。多分、天嘉絡みだろうなあと。  狢は煙管の煙を細く吐き出すと、蘇芳の横で壁に凭れながらニニギを見上げた。 「あのニニギがあそこまでご機嫌とは驚きんした。天嘉殿の仕業でありんしょうか。」  馬頭がニニギに頭を齧られて絶叫している。天嘉は大慌てでニニギに抱きついて剥がすと、馬頭は涙目でその黒い鎧のような下肢を蹴っ飛ばす。 なんとも騒がしい限りのやり取りであった。 「ああ、天嘉がニニギの素肌を隠すようにしたら、好かれた。」 「あのニニギを女扱い。天嘉殿のほうが余程雌でありんしょうに…ふふ、」 「ふふではない。妖かしたらしがすぎるだろう…」  頭が痛そうに眉間を揉む蘇芳に、心中お察しいたしんすと言葉のみで寄り添う。そもそも、ニニギは繁殖にしくじって番を食らってしまって罪に問われた。  発情期はもう年齢的には来ないだろうが、当事者のニニギが酷く憔悴し、お縄につかせてくれと言ったから、狢は執行猶予を与えたのだ。 「あちきが思うに、ニニギの繁殖が出来んしたら、天嘉殿程の年かさの子が居てもありえないことじゃありんせん。」 「ああ?ならニニギはあいつに子を重ねているということか。」 「推察するには。しかし、ニニギがなぜ旅籠屋を襲ったのかがわかりんせん。」  馬頭が持ってきた金棒を、ニニギが顎の力だけで噛み砕く。その強靭な顎を見て、凄いと燥ぐ天嘉の様子に、ニニギは誇らしげに胸を張っていた。 「だああ!!おい阿婆擦れ!!おまえ執行猶予中だろう!問題起こしたら地獄に落とすといったな俺は!」 「問題なんか起こしちゃいないよ、まだね。」 「ニニギ、執行猶予の理由は聞かねえけどさ。なんで人だかりの真ん中にいたの?」  まだってなんだよおお!!と、馬頭がつばを撒き散らして怒鳴るのに聞く耳は持たないくせに、ニニギは下から聞こえた天嘉の質問には答えるらしい。その赤目で天嘉を見下ろすとニッコリと笑った。 「アタイの姿を見て笑った馬鹿がいたからねえ。腹が立って食らってやろうかと思ったのさ。」  ニニギの腹には既に二人ほど失礼な奴を収めている。それを言うと、天嘉は困ったような顔をした。 「食っちゃうのはやめろ。ニニギは極端すぎる。俺だってムカつくやついるけどさ、食っちまったらニニギが周りから怖がられるんだぜ?」 「丁度いいだろうが、アタイの容姿を馬鹿にしたんだ。二度目は無いと、いい戒めになったはずだよ。」 「ニニギ、お前さんが食らったのは罪人でありんしょう?あちきが虚に放り込んだものでありんすから、食らった妖かしに関しては目を瞑ってやりんしょう。」 「おやあ、どおりで食いでがないと思ったよ。」  どうやら罪人の裁きの一つにニニギの#塒__ねぐら__#に放り込んで食らってもらう刑罰が勝手に出来ていたようである。天嘉は虚?と首を傾げると、ニニギはその体で天嘉を囲いこみ、狢を顎で掬うように指し示してのたまった。 「アタイが与えられてた地獄の一角のことさね。あの女男がアタイを刑罰の一環にしやがったんだ。失礼なく奴だよ全く。」  いい加減嫌気が差して気晴らしに獄都に来てみたら、旅籠屋の主人に知り合いの営む見世物小屋で働かないかと失礼なことを言われたらしい。 「腹が立ったから手当り次第暴れてやろうかと思ったのさ。どうせ額の罪印は消えないんだ。ならばきれいに一文字にしてやろうかってね。」 「あ、それおしゃれかと思ってた。」 「んなわけあるかい!」  天嘉の素っ頓狂な言葉に吹き出したのは狢である。馬頭は大いに騒ぎながら、この額の墨が犬になったら死刑なのだと説明をした。  それにしても百足女房に犬とはいったい。微妙な顔をしてニニギを見上げるものだから、狢はなんとなく察してしまった。 「百足なのに犬か、といった具合ですかえ。」 「うん、てか女の人の顔に入れ墨は駄目だろう。」 「だってよ馬頭、おまえらよりもちまこい雄の方が、女の勝手はおわかりのようだ。」 「なんでお前が威張るんだ阿婆擦れ!」  ぎゃいぎゃいと喧しい馬頭とニニギのやりとりに、天嘉はもはや諦めたようである。蘇芳も煩そうにはしているが、こちらもこちらで考えることを放棄しているようだった。 「ニニギって結局罪になんの?」 「なりんせん、まあ注意くらいでありんしょう。」  おっとりとした声で狢が言う。天嘉は、ニニギも地獄で刑罰をかしている側なら獄卒になればいいのになあと思った。  だって、塒で一人でいるよりもずっと良いだろう。そんなことを考えていたら、どうやら口に出ていたらしい。 「ふむ、妙案でありんすなあ。獄卒を一から育て上げるよりも戦力にはなりそうでありんす。」 「天嘉…」 「ごめ、そんな目でみんなってば。」  お前はまたかと言う目で蘇芳に見られる。塗壁の件といい、天嘉の提案力は底が知れぬと渋顔をする。 別に悪いことではないのだが、なんとなくいつも巻き込まれている気がしないでもない。  ニニギは天嘉の提案に悩む素振りである。  確かにニニギは一人じゃなくなるし、獄卒も増やすことが出来るのだ。 「獄卒なら、あんさんの見目も気にせず働けるでありんしょう。」 「面白い、乗ってやろうじゃないか。但しまともなやつをつけな。この馬以外でな。」 「あちきがつきんしょう、こう見えてもあんさんに負けるつもりも食われるつもりもありんせん、ようござんすね?」  構わない、ニニギはにやりと笑うと、どうやら話はまとまったようである。馬頭は恐ろしい組合せが出来ちまったと怯えているが、天嘉もそう思う。 「ま、まあなんだっていいやな。俺はひとまず退散させてもらうわ、雌、次呼ぶときはもっとまともなときに呼んでくれ。」 「いや無理だろ、まともってなんだよ。収集つかなくね!?あ、いやまあ…話は纏まったって言ったら纏まったんだろうけどさ…」 「天嘉、もう戻るぞ。首尾は任せておけばいいだろう。俺たちはもう用済みだ。」 「こっから先は俺に押し付けんのか!?うっそだろう!?」  馬頭が悲鳴混じりに叫ぶ。ニニギも狢もどうやら気が合うようで、今度はこちらから遊びに行くと言って天嘉に手を振る。また友達が増えたことを嬉しく思いつつ、今度は幸も交えてみんなで遊べたらいいなあと呑気なことを思った。  蘇芳はまさか獄都の華である捕物が転じて職業斡旋になるとは…、と若干疲れた顔をしているが、自分の隣りにいる天嘉の様子が何やらご機嫌なようだから、もういいかとおもった。 「お前は本当に豪胆なやつだなあ。」 「そうかな?ゴータンって響きやばいな。」 「すまん、響きは気にしたこともなかったなあ。」  天嘉の語彙力は薄っぺらいので豪胆という言葉は辞書にはなかった。  蘇芳も、まあそのうちわかるさと言って笑うと、二人して今日は随分と草臥れたから帰ることにする。  獄都はなんだか面白い、ニニギに会いに、また来てもいいかもしれない。天嘉が嬉しそうにそう言うと、お前は厄介なやつが好きなのだなあと呆れられた。その代表であるのが目の前の大天狗なのだが、自分のことは棚にあげているらしい。天嘉はあまり納得のいってなさそうな曖昧な返事をするだけに留めることにした。 「お帰りい!どうだったい蜜月は!濃厚な肉欲の日々だったんでねぇのー、うりうりぃいってええ!!」  顔を見た瞬間にいやらしく笑いながら宵丸が突っ込んできた。言い回しにむかっ腹がたって、スパァンとこ気味いい音を立てて宵丸の頭を叩いたのは天嘉だ。 帰宅早々何いってんだこいつというのが本音である。 「はい、これ地獄饅頭。外れには唐辛子が入ってんだと。」 「おやまあ、これはご丁寧に。」 「おい無視かよぉ!!」 「宵丸にはこれやる」 「石かよぉ!!」  あまりにもやかましすぎたので、獄都で拾ってきた石をやる。なんの変哲もないただの石に見えるが、塗壁の足元にころがってたものである。いわく、埋めれば育つと言っていたのだが、何が育つとかは怖くて聞けなかった。  よくわからないものは宵丸にやる。天嘉の中の決め事であった。げんなりする宵丸とは相反して嬉しそうに饅頭を抱きしめたツルバミが、そういえばと天嘉を見上げた。 「なにやら蘇芳殿にお客様がいらっしゃりまする。そろそろかと、」 「客人?」  そういえば一緒に門をくぐったのに蘇芳の姿が見当たらない。天嘉は荷物を影法師たちに渡すと、めそめそする宵丸に無視を決め込み外へ出た。  義骸以外で客人とはまた珍しい。何となくそのことが気になって、天嘉はつっかけで玄関から顔をだした。しかし、その客人の姿を見るなり、天嘉の体の細胞は縮み上がったかのように体が強張った。 「っ、」  見覚えのある容姿だった。冷や汗とざわめきが天嘉を襲う。蘇芳と話していたのは、こちらに来る羽目になったヤマノケといわれる妖かしにそっくりな枯木のような老人であったのだ。

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