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#4 ひき蛙退治・Ⅱ
「ざっけんなよ、この根暗があ……っ!」
お友達の一人が時緒君の頰を張り、時緒君の眼鏡は華奢な音を立ててタイルに弾み、遠くへ滑り込んでしまいました。
「馬っ鹿何やってんだよ、顔はよせよ」
「だってまじコイツ、すっげえ腹立つ」
頰を張ったお友達は、思いもよらぬ反撃がいたく効いたようで、抑えられない奔流にさらに拳を振り上げます。
「ふざけんなよ、搾取した金で調子こいてる、このボンボンがあ!」
二、三度頰を打たれるうち、時緒君はバランスを崩し、床に膝をつきました。
そこを狙うように、お友達は今度は時緒君の肩、腕、上体へと拳や足を力いっぱいぶつけてきます。
周りのお友達も同調し、時緒君の身体には、大きな霰 みたいに無数の足と拳が降り注ぎました。
「お前みたいな頭と金しか能のないクズは、俺らの肥やしになってればいいんだよ!」
時緒君は育ち柄、基礎的な護身術の心得があった筈でした。だけど体を動かすことより勉強の方が好きな時緒君は、その心得を、本当に『心得』にしたままでいました。
撲たれる衝撃と痛みで視界が霞むなか、時緒君は寧ろ、こんなことを考えていました。
いくらでも気がすむまで、好きなだけ撲 ればいい。非生産な金づるになるのはごめんだ。
血の巡りが良くなれば、どうせ金欲 もそのうち薄れるだろうと。——だけど。
「……大体、女と遊ぶ甲斐がないって何だよ! それは頭しか取り柄のない、お前の方だろうがあ!」
「あまりにも禁欲的な顔すぎて、一人の時も教科書使ってる気がするな」
「使うところ、全部勉強に注ぎ込んで、肝心の時モノになんのかよ。 つーか童貞だろ、間違いなく」
お友達は反撃の糸口を見つけ、笑顔の意地の悪さを下劣さに変えていきました。
上履きの霰の狭間で、時緒君は弱く瞼をもたげました。
「この、不能!」
一瞬、音も視界も消えたような感覚でした。
それに当然気づく筈もなく、それを言ったお友達は、時緒君に振り降ろしていた脛を、凄まじい勢いで蹴り上げられました。
痛って……。強い痛みと衝撃で、口中の悲鳴は、唇から僅かにしか漏れませんでした。
思わず目を瞑ってしまって開けた時には、蹲っていた筈の時緒君は、お友達とそこまで体格は変わらないのに、まるで見降ろしているかのような、仄かな燐光のようなものを漂わせ、巨塔のように直立していたのです。
「お前、死ぬか?」
時緒君の眼の底に、あきらかに先程にはない、妖光が宿っていました。
「死ぬかって、聞いてるんだよ」
声も、今まで生きて来たなかで、全く温度の感じられない、異次元で聞くような響きでした。
目線で標的とされたお友達は、たちまちな胸の竦みに、返事をすることもかないません。
「自分が死ぬ時の血の色、見せてやろうか」
左手に取り出し掲げられたものが、昼白灯のなか、鋭い矢のような光を放ちました。
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