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#6 赤ちゃんとイグアナの瞳の人形
「また今日も、死ねって言われたよ」
何人かの時緒君の前で、時緒君は打ち明けます。
「死ぬのはあいつらだ。と言うか、もう屍も同然だろ? まだそんな屍の言う事を気にするのか、泰晃 は」
労わるように見えて、お喋りな時緒君は、皮肉げな口許でくくと笑いました。
「いいじゃねえか。また、コンパスで刺しちまえば」
粗暴な時緒君の眼が、変わらずぎらりと凄んだ歪みを放ちます。
「そうだなあ。いっそ全員刺して誰もいなくなったら、楽になるんじゃなあい?」
おっとりとした時緒君の言うことは、時に残酷です。
「そうだ。それがやっぱり、一番いい」
皆の話を聞いた時緒君は、そう結論づけました。
「「そして俺達、『一人』になる」」
夕闇の教室のなか、複数の声が影を落としました。
くすん、くすん。
やがて教室には、小さな子供のような頼りなげな泣き声が、朧げに響きました。
くすん、くすん。
「…………でも、ぼく……、……さみしいよ……っ」
冷たい仮面の時緒君は、その泣き声に浸されるように、みるみる顔をくちゃくちゃにして、ぽろぽろと涙を頰から床へ零れ落としました。
小さな時緒君は、時緒君の奥の奥、深い深い淵のなかにいます。
誰にも見せられない、時緒君の真の姿だったのかも知れません。
小さな時緒君は、くすすん、ひっくひっくとしゃくりあげ、涙は留まりませんでした。
その泣き声が漏れてしまったのか、背後でかた、と物音がしたのです。
振り返ると、戸口に影のように人が立っています。
——橘君。 別のクラスの、橘 柚弥 君です。
橘君は、男とも女ともつかない美しい容姿で知られた存在でした。
金髪の、綺麗なお人形のような静けさで佇んでいます。
小さな時緒君は、初めて会った『外の人』にびっくりして、逃げてしまいました。
小さな時緒君が流した涙を頬に滴らせたまま、時緒君は憤怒の眼光を漲らせました。
「見たな」
誰にも、誰にも見られてはいけないところなのです。
時緒君の中にいる沢山の時緒君も。赤ちゃんの時緒君も。時緒君の流した涙、も。
無機質なイグアナのような、橘君の碧色の瞳は光を映さずただ澱み、無花果 色の唇だけが動きました。
「うん、見た。ごめんね」
時緒君の眼に、あの時の妖光が甦りました。
「お前は死刑だ」
時緒君は橘君の手首を引っ張り、華奢なその身体を後方のロッカーに押しつけました。
「どこがいい?」
左手に取り出し、翳したコンパスの切っ先を据えて、橘君に迫ります。
「その瞳が、気に入らないな」
鋭い針を瞳に映しても、沼のようにしんとした橘君の瞳が少しこわくて、時緒君はコンパスをその瞳に向けました。
「その瞳玉を繰り抜いて、床の上で踏み潰してやろうか。
お前を猫可愛がりにしている三年の連中が、さぞ哀しむだろうさ」
嘲るようにせせら嗤うと、橘君の無花果の唇の、ふたつの縁がくちを開きました。
「——ひと思いに、心臓にしてよ……」
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