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「虎鉄?」 「千雪、大丈夫か?」 振り向かずとも気遣わし気な声を聞いたら彼が誰であるか千雪にはすぐにわかった。幼馴染は少年野球で鍛えた浅黒い腕を痛いほど千雪の肋に食い込ませて、まだ未成熟な全身を使い、背後から懸命に支えてくれようとしている。 (虎鉄、怪我してる……) 大好きな虎鉄が自分のせいで怪我をしてしまい申し訳なく思うのに、真っ暗な視界で敏感になった嗅覚が無意識に拾う、どろりと濃く甘く蠱惑的な香りが鼻先を漂う。 (いい匂い……)  思わずそれによろめくように、千雪の意識が惹きつけられていく。そして強烈に感じた渇きに、全神経が集中し、千雪は小さく白くとがった犬歯に赤い舌をひっそりと這わせた。 (甘い……。美味しそう♡ ジャムみたいに、舐めたいよぉ……、口いっぱい) 父方の先祖から受け継ぐ、その強い衝動の浅ましさに、千雪は色の失せた唇を噛み締めてぐったりと瞑目した。 (そんなこと、考えちゃ、だめだ) 自分を助けて怪我をおった相手に対して、心配するどころかこんなあさましい欲望を抱くなんて。切れ切れの息を吐き、千雪は項垂れたまま身を縮こまらせた。風が真っ白でか細い千雪の首筋を吹き抜け、浮かんだ冷や汗と共に一瞬熱く火照った身体を撫ぜていった。 「……ごめんね」 「大丈夫だから。じっとしてろ」 周りに人だかりができ、2人に手をかそうと伸ばされた沢山の手を、しかし虎鉄きっぱりと拒んで大きく首を振る。 彼は変声期を迎えたやや掠れた声をものともせず、周りに誇示し響き渡るよう高らかと叫んだ。 「先生! 千雪が、また倒れました! 俺が保健室に運びます! 」

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